九竜国


          画像著作者 Senior Airman Brittany Y. Auld


 九竜国

         毒・やぶ

 遠くからの呼び声にうなされて、一人で街へ出てみると、人々が話しているの貴方自身におきた哀話。

 嵐の夜を、まだ忘れられないのか

 それとも数知れぬ人々の涙を、嘲け笑っているのだろうか。

 狂ってしまった街、狂ってしまった人々。

 流された血の波に砕かてゆく愛。

 言うまい貴方は分かっているはずだから

 忘れてはいけない言葉を。

 キュウリュウ


 昔々、そのまた遥かなずうーと昔。

 とある国のとある地は、九竜王国と呼ばれていた。

 一見、何一つ悩みの無い楽天地とうかがえるも、時の荒波に飲まれ揉まれる事数世紀。

 まことは悲運の連続であった。

 現代まで、身の毛がよだつような恐ろしい出来事が、それはゝ数知れず語り継がれてきている。

 これから紹介するのは、文字にするのを禁じられた歴史を、語り部達が口伝してきたものである。

 九竜王国はその発生とされる時以来、九頭の竜に守られていると信じられてきた。

 代々の王は、この竜達と会話ができるとされ、国民からも長きにわたり信頼されてきている。

 ただし、現代にあってこの国は王国ではなく、大国の一部とされ、王家の存在を知る者は少ない。

 九竜王国の成り立ちは、二十数世紀前へと遡る。

 まだ国の形を成していなかったこの地に、突如九頭の竜が降り立った。

 中の一頭が、小さな手籠を銜えている。

 集落の長である老人に差し出された籠の中には、まだ生まれて一月もしないであろう赤子。

 これは竜の子が化身であるに違いないと信じた老人は、赤子を九竜王と名付け、自分の孫達と共に育てた。

 年を重ねるごとに成長する様は他の子とさして変わらず、集落の中ではたいして目立たない子に育っていく。

 そんなとある日、集落を盗賊団が襲った。

 五つに満たない九竜王にとっては、何事か理解しがたくも、恐怖に満ちた事件である。

 目前にて、これまで育ててくれた長老が首をはねられると、それまで必死に抑えていた感情が瞬時に爆発した。

 その泣き声は天まで届く勢いであったと伝えられている。

 この声を聞き入れたのか、遥か天空より九頭の竜が舞い降り、盗賊団をアッという間で一網打尽。

 惨劇の舞台となった集落に平穏が御ずれると、九頭の竜に感謝した人々は、海岸の見える高台に、石で創った九竜の像を据えた。

 するとどうした事か、中の一体が金色に輝く黄金像へと姿を変えたではないか。

 この噂を聞いた良からぬ連中が、黄金の竜像を盗もうと企てるものの、誰一人として成功した者はいなかった。

 九竜王が成人すると、人々はこぞって彼を真の王と称え、この地を九竜王国と定めたのが、国の始まりである。

 王とされたものの、子供の頃に恐怖と怒りが入り混じった感情のままに泣き叫んだだけである。

 自分に王としての自覚がないのだから、行いはそれまでと変らず、変えようともしなかった。

 この事がかえって民の支持を得、九竜国には立派な王がいると近隣諸国で評判となっていった。

 九竜は小さな島国であったが、しっかりした王がいて実に治安がよろしいとの評価が成されると、遠くの国からも貿易船がやってくるようになり、世界中の流通拠点として繁栄していった。

 初代の九竜王が逝去してもなお、数世紀はこの栄華が続き、東西の風習が入り混じった独特の文化を築き上げていく。

 富に満ちた国に成長すると、位置的に各国の軍事要所に当たる事も手伝って、何とかして九竜を属国にしようと企む輩が現れてきた。

 建国以来最初の試練となったのは、大陸に突き出た半島からの襲来であった。

 半島であっても、その領土は九竜の数十倍数百倍と広大で、隣接する他国とは常に緊張した時代を経験している。

 対して、平和に慣れ切っていた九竜王国では、他国との友好こそあれ、武力に関する協定などなく、どこから攻撃されようとも助けてくれる国はなかった。

 武力による統治がなされたらば、その事を理由に再攻撃して、九竜を自国に取り込もうと目論む国ばかりで、他国との力の差は歴然としていた。

 酷く怯える国民の表情を見るに、どうにもできない自分の無力を嘆いた王は、瞬く数多の天星に向かい怒りの涙を流した。

 するとどうだろう、八頭の竜が天空から舞い降り、国の外周を取り囲んだ。

 一頭の竜が強く吐き出した炎は、攻め入ってきた船を容赦なく燃やし尽くすと、後には灰さえ残らない。

 もう一頭が噴き出す水が別の船いっぱいになると、そのまま深い海底へと沈めてゆく。

 他の一頭は強い息づかいによって、嵐のような強風を引き起こし、頑丈な船を木っ端微塵に打ち砕く。

 更なる一頭が、天に向かい勢いつけて排気すれば、巨大な竜巻となり、海水もろとも船を遥か上空まで巻き上げた後に海面へと叩き付ける。

 眠そうにしていた一頭は、何するでもなくゴロリと横になったれば、己が身の丈程の高波を繰り出し、次々と船を飲み込んでいく。

 もう一頭の竜は、民が崇拝する竜の石像を丁寧に磨いている。

 また一頭が、金の竜像に何がしか話しかけると、荒れた海は穏やかに戻った。

 そして、最後に控えた一頭が帰り支度を始める。

 こうして九竜国は、八頭の竜が活躍で難から逃れるられた。

 落ち着きを取り戻した国王が、竜の石像に御礼参りとはせ参じたらば、あれよあれよ、金の竜が二つになっているではないか。

 おおよそ利口な国王ならば、この一件から推測する結論は、国に何等かの厄難が降りかかった時は、竜が助けてくれるものの、その回数は九回に限られるといった約束事であろう。

 ところが何を勘違いしたか時の国王は、国を鑑み民を憐れんで号泣したれば、竜が現れ国難を回避してくれるのだと解釈した。

 回数については九回と、ほぼ正解の域ではあるものの、この日から国王は泣くのを止めた。

 いかなる悲しみがその身を包もうとも、決して涙を流さなかったのである。

 平穏に過ぎる日々に、この代の国王が竜に助けられたのは一度きりであったから、泣かずとも済んだのであるが、これより九竜国の国王は泣いてはならんとの慣習が成り立ってしまった。

 王子に至っては、幼少の頃より泣かないようにとの訓練が成され、悲しみを表に出さない表情の子ばかりが育っていく。

 結果、いつでも穏やかにこやか。

 悩み事など持ち合わせていない、春陽気な王ばかりが代々続いた。

 そんな王であっても、平和な時代にはどうにかこうにかやりくりつけられていた国政であったが、ある代の時、半島の国までも制した巨大な帝国が、九竜国を侵略せんが為に攻め入ってきた。

 帝国にとって九竜国は、八満都国を攻略し、大海原をその手中に収める為の足掛かりとして、どうしても欲しい地域であった。

 この戦にあって、国力の差からして九竜国の敗退は目に見えていた。

 あからさまな帝国の目論見に、八満都国が九竜国に援軍を送ったのは言うまでもない。

 二つの巨大国家が抱く私欲のままに翻弄され、九竜国は戦火の渦に巻き込まれていった。

 戦いの場で、九竜の兵と八満都の兵は協力体制にあるとされてはいるものの、九竜の兵は蚊帳の外に出された戦がどんどん過激になっていく。

 非戦闘員である国民の命を守るだけで精一杯の九竜国兵。

 日に日に荒廃していく国土。

 踏み荒らされた畑では、もはや作物は作れない。

 王室の蓄えを全て放出しても、民の飢えをしのぐことはできなくなってきた。

 九竜国にあって、この戦いがなんであるのか。

 大国が、己の利益のためだけに、この国を踏み荒らし、民を死に至らしめ、それでもなお飽き足らず、村を焼き払い略奪を繰り返す。

 王の忍耐は、ついにその限界を超えた。

 付きの者を退室させると、一人残った王室で、ついに国王は涙を流した。

「もう、もう、泣いても、良いですよね。私は王である前に、人間でありたい」

 何を望むでもない、外にまで聞こえるような大声で、転んで膝を擦りむいた子供が如く。

 ただ、ただ、体の奥底から湧き出す凄まじい怒りと悲しみのまま、王は泣きじゃくった。

 瞬く間に天空は厚い雲に覆われ、日の光がすっかり遮られ、九竜国は漆黒の闇に包まれた。

 低く上空を飛び交う七頭の竜が金色に輝き、その飛行が間近になった時だけ辺りの景色を窺える。

 民にとってはこの窮地から救い出してくれる神であるが、異国の兵にしてみれば得体の知れぬ化け物である。

 竜が天に舞う姿は美しく、恐ろしくもあった。

 瞬く間に稲妻が国のいたるところに落とされる。

 この際、当たり前のように、竜が放つ雷は九竜の民や兵にはかすりもせず、ひたすら帝国の兵と八満都の兵を狙い撃っていく。

 対抗のしようがない化け物が登場したかと思ったら、息つく暇もなく天から逃げ場のないほどの落雷、そして止めを刺すかの如き局地的集中豪雨と強風が襲い掛かる。

 これほどの天変地異に見舞われては、いかに屈強な兵士とて一たまりもない。

 統制は乱れ、蜘蛛の子を散らすように兵士達が逃げ惑う。

 何年も続いた戦が、ほんの一昼夜にして終焉を迎えたのだ。


 静まり返った明け方の荒野には、嘘塗れの正義に踊らされ、命を失したおびただしい若人の骸が横たわっている。

 目を覆いたくなるような惨劇が、目前に絶え間なく広がるだけ。

 そして、最後に残るのは、怒りでも悲しみでもない。

 空虚だけが、静寂の中を漂うのみである。

 誰の為、何を信じて戦ったのか、もはやそれとて不確実な空間に、一本の若芽が吹き出している。

 それを見た農夫が、安堵の笑みを浮かべる。

 死んでしまえば敵も味方もない。

 いずれ九竜の国民ではない骸を丁重に葬ると、本格的な復興が民によって始められた。

 荒れた田畑を耕し、解き放たれていた家畜を呼び戻す。

 城下では市も再開され、港が修復されると、以前にもまして活気ある九竜国になっていく。

 これも一重に九竜様と国王のおかげと、祈る民が前には四頭の竜が金の像と化し、残るは六頭、六回の王が願いだけとなった。

 惨過ぎる戦を何年も絶えた国王と民の忍耐を褒めるでもなく、ただ一度願いをかなえたらば消えていく竜。

 願う事の理由がいかなる事であっても、この条理は変わらぬと知るや、王はまたもや、王である自身と、後に王となるであろう者が、無暗に泣くのを禁じた。

 しかし、幾世期もの間には邪心をもって九竜国を我が物と目論む国が、現れては消えていった。

 海の見える丘に設えられた竜の像が八つの金像、一つの石像となり、残るは一頭となってしまった年の始め。

 八満都国が九竜国周辺海域の警護と称し、多くの戦艦により島国全体を取り囲んだ。

 友好国の為だとの建前に反し、物資補給や休暇で上陸する水兵達の、我儘やりたい放題は度を越していた。

 人を人とも思わない所業の数々は、戦の最中とさして変わらない不安を民にもたらす。

 民は幾度となく国王に、性悪兵士の処分を嘆願し、国王もまた幾多の兵士が悪行を例にあげ、兵の上陸を制限するよう八満都国と交渉し続けた。

 しかしながら、状況はいっこうに改善することなく、長い年月が過ぎた。

 何代かの王が逝去すると、どうにもならない泣き虫が王の座についた。

 生まれついての軟弱者で、ちょいと頭を柱の角にぶつけただけで大泣きする。

 民が八満都国の兵士に甚振られたなどと聞いたならば、その場でしくしく初め、一晩中でも泣き明かすのである。

 ところが、この王の涙に対してだけなのか、それとも最後の一頭が職務怠慢か、竜はいっこうに現れない。

 はて、どうしたものか、竜にまで愛想を尽かされたかと、民がひそひそ始める。

 八満都国の横暴は留まる所を知らず、ついには一大帝国を創らんがため、近隣諸国へ侵略の魔手を伸ばし始めた。

 立て続けの勝ち戦に、勢いづいた八満都の軍は、あろうことか、世界で最も強大とされている国にまで戦を仕掛けた。

 数年の激しい戦いの末、軍資金が底をついた八満都国では、国中の金属を片っ端から供出させた。

 まるで強盗のように、九竜国の金属までかき集める八満都の兵が、終いには丘の上に建つ竜の像まで運び出そうと、荒げに倒してトラックへと積み込み始めた。

 これらの行為で、耐えがたきを耐え抜いてきた九竜国民の怒りが起爆した。

 港と言わず町中と言わず、夜といわず昼と言わず、民は八満都の兵士を急襲する。

 すると八満都の兵士が報復とばかりに、九竜の民を無差別に処刑する。

 地獄絵図と化した島国の中にあって、もはや王が流す涙は枯れ、沸々と湧き上がる怒りだけが大きく膨らんでいった。

「許さん。私は人の道を捨てて鬼になる」

 紅潮した国王の顔が、この言葉を境に一瞬で青ざめると、遥か沖合に微か伺える八満都国で、巨大な火柱が天に向かい立ち上がった。

 火柱を駆け登るようにして、竜が上空の雲間へ消えた瞬間、空全体が昼間の太陽よりも明るく光り、数えきれないほどの黒い稲妻が、八満都の大地へと降り注いだ。

 こうして、長い支配の日々から解放された九竜国の港にやってきたのは、八満都国を打ち負かした大国の軍艦であった。

 軍艦から降りてきたのは、コーンパイプを片手に持った初老の元帥。

 この時から、九竜国は大国の一部とされた。

 この元帥が隣国の戦に出兵してもなお、巨大な軍艦は据え置かれたまま、大国の基地が次々と建設されていった。

 王が何代変わろうとも、民と占領兵士の間にいざこざが続く。

 九竜の伝説を語り継ぐ者は少なく、やがて九竜の丘を手入れする者も絶えた。

 深いジャングルに包み込まれた九竜の像、長い眠りから目覚める事は、二度とない。

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