「見えたんやて、本当やから」

「嘘つけ、そんなわけないやろ」

「本当に見えたんやから。団令子のオッパイが乳首まで見えたんや。ほんの一瞬やったけどな」

「本当に見えた」と、しきりに強調しているのは映画館『田辺シネマ』の息子、高橋健一である。「嘘つけ」と言っているのは、健一の同級生達、男5人である。

彼らは南田辺中学2年生である。そんな筈はないと口先を尖らしているのは、塚本伊助。横でニタニタしているのは、渡辺五郎。

「もし本当やったら」と、興味津々なのは和田豊(ゆたか)と雨宮良和。

皆のやり取りを笑いながら聞いているのは、学級委員長の長山智史(さとし)である。

塚本伊助は商店街の漬物屋の息子で、足が速く、クラスのリレー選手である。自分で韋駄天の伊助と名乗っている。渡辺五郎は同じ商店街の肉屋の息子で、からは大きく、2年生ながら野球部で4番を打つ。和田豊は堺の小学校長の息子。雨宮良和は母親が飲み屋をやっていて、父親はいない。作文がクラスで一番上手い。長山智史は父親が大阪市職員で課長職にある。クラスで一番勉強が出来る。この中では次に出来るのが和田豊である。そして映画館の息子、高橋健一は、歌は音痴だが絵は上手い。将来、映画館の看板は俺が書くと言っている。

長山は『委員長』、和田は『ゆたか』、塚本は『伊助』、雨宮は『雨ちゃん』、渡辺は『五郎』、高橋は中の名前を取って『ハシケン』と呼び合っている。学校からの帰り道も同じ方向ということもあって、6人は仲が良い。

「なんやったら、皆見に来たらええやんか」

「タダ見はあかんゆうて、支配人の山崎さんにこないだ怒られたばっかりやろ」と伊助がまた口を尖がらせた。伊助は6人の中で一番小柄である。

「ほなら、みなの分俺が持つわ。カネ払ろたら文句あれへんやろ」。ハシケンは何としてでも嘘でないことを証明したいらしい。

彼らはハシケンに連れられて、よくタダで映画を見せて貰った。山崎さんは彼らを「只見グループ」と呼んだ。ハシケンは面白い映画があると皆に見せて歓心を買いたいのだ。でも、映画全盛期で立ち見もあった頃、あまりに度重なるので、支配人の山崎さんが皆に注意を与え、ハシケンは親爺さんにきつく叱られたのである。

「まだか?」と伊助。

「もうすぐや、ほんの一瞬やから注意してるんやで」とハシケン。

学校帰りで、学生服を着てカバンを持ったニキビ面が6人並んで、今か今かと固唾を飲んで見入っている。

「そら、今や」とハシケンの掛け声で、皆は一斉に前屈の姿勢になり、ゴクリと唾を飲み込んだ。

「乳首は見えなんだで」と不満げに喋ったのは豊。

「いいんや、スリップが落ちたとき豆粒みたいに黒いの見えたみたいや」とは伊助。

もういっぺん見てみようということになり、次の部も6人は見たのであるが、見えたかと思ったら、その瞬間パーッと画面が変わり、皆は欲求不満げに映画館を出た。

あくる日、「見えた」と伊助はクラスの他の連中に語り、映画を奢られる羽目になった。「見えた」「嘘つけ」の繰り返しで、こうして2年11組の学級の男子のほとんどはこの映画を見たのである。

雨宮は団令子の丸顔は思い出せても、今、映画の題名は思い出せない。みなに訊いても、あるシーンにだけ集中していたので、主演俳優の名前すら思い出せないと笑った。雨宮良和は、ペンネーム『雨野順』を持つ小説家である。今は東京に住んでいて、久しぶりに懐かしいこの町に帰って来たのである。

 

 

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