1. プラットホーム



「じゃ、敦煌で」

 康介はそう言って、軽く右手をあげた。


8月半ばの北京西駅は、閑散としていた。

香菜子は蘭州行きの切符を手に、列車に乗り込む。硬卧(インウォ/二等寝台)の下段。

長い列車の旅では、三段ベッドの一番下が一番楽だ。


列車が走り出してしばらくすると、恰幅のいい女性の乗務員がやってきた。

香菜子が切符を渡すと、彼女はそれを手慣れた様子で半分に折り、

手にしている小さな透明のポケットがたくさんついたファイルブックの中に収めた。

窓の外に目をやるともう、どこまでも平らな地面と畑、煉瓦造りの集落がポツポツ見えるだけになっていた。さっきまであった高層ビルやマンション、車や自転車の大群は跡形もない。

持ってきた魚肉ソーセージをかじる。パサパサして、スパイスのたくさん入ったソーセージ。

初めて口にした時はなんて不味いんだろうと思ったが、今では旅といえばこの味。

小腹を満たすと、香菜子は急に眠気に襲われ、そのまま寝入った。

列車の鈍いブレーキの音で香菜子は目を覚ました。

半身を起こして外を見ると、「大同」の文字が見える。

ぼんやりと灯りのともっているプラットホームの周りは、真っ暗だった。

トイレに立ち、また目を閉じた。


ラサを目指して出発した康介は、今どこいるのだろう。

西安あたりか、まだそこまで行っていないか。


北京からチベット自治区のラサまでは、約3600km。

香菜子が向かっている新疆ウイグル自治区のカシュガルまでは、約4400km。

待ち合わせの敦煌は、ラサからは約1700km、カシュガルからは約2200km。

康介は「だいたい2週間後にね」と勝手に決めた。

まるで渋谷で会おう、みたいなノリで。携帯電話もないのに。


©Daichi Ishii Office, LLC.