第一章 『権三郎推参! 犯人?は何者?』 その1

「ウルトラハイパー探偵事務所・・・よし、ここね」

鳩森郁美は、初めて訪れたその建物を見上げて、「なんかイメージと違うなぁ・・・」と独りごちた。

その探偵事務所は、古びた4階建ての雑居ビルの3Fに所在していた。

築年数35年は軽く経過していると思われる建物に対し、その探偵事務所の看板だけは妙に新しくピカピカとしていて、何ともミスマッチである。

しかも文字のロゴがとっても胡散臭い。『ウルトラハイパー』のカタカナ部分が、まるで特撮ヒーロー物のタイトルロゴみたいな字体になっている。

だが『探偵事務所』の方は普通のゴシック体だ。インパクトを狙いたいならそこも手抜きすんなよと郁美は思った。

「ホントにここで大丈夫かなぁ」

建物を見ただけでだいぶテンションの下がった郁美だったが、事前のリサーチにおいて、いま自分の抱えている懸案に関しては、この探偵社に依頼するのがベストだという結論が出ていた。

(ええい、初志貫徹よ郁美。いまから他を探すのは面倒だわ)

いつまでもビルの前に立ち尽くしていては不審者みたいだし、やむを得ず郁美は覚悟を決めた。

ビルの中に入りエレベーターを探したが、この小さなビルにそんな物は存在しないようだった。

郁美はチッ、と小さく舌打ちして、仕方なく階段を登り始めた。

この階段がまた小汚い。しかも幅は狭く傾斜はけっこう急だ。一段づつ上がる度にギシギシと嫌な音を立てる。ビルの内壁も汚く、壁の隅っこには何箇所も蜘蛛の巣が張っている。

(ったく、うるさいわねミシミシと。これじゃまるであたしがデブみたいじゃないの。しかしこのビル、中もきったないわね~。何がウルトラハイパーよ。笑わせんじゃないっつーの)

郁美は心中で毒付きながら3階まで上がり、事務所のドアの前にたどり着いた。

ドアには、例の特撮タイトル風ロゴのネームプレートが張り付けられていた。ただし、外看板は縦書きであったがこちらは横書きだった。

(無駄なとこに労力使ってるわね~)

郁美はそれを鼻で笑い、「さてと」と呟いた。

ドアの周辺を見回したが、信じられないことにベルやインターホンの類は一切ない。しかもドアは無骨で厚みのある金属製で、ノックしても効果は薄そうである。郁美は溜息をついた。

(もう、なんなのここ・・・)

再び戦意を喪失しそうになった郁美だが、なんとかこらえた。臨時休業でもなさそうなので、いきなりドアを開けるしかないようだ。

ドアノブを掴むと改めて少し緊張した。鍵はかかってないようだ。

(見るからに胡散臭い感じだけど、もうここに賭けるしかないのよ! さあ、勇気を出すのよわたし!)

そう無理矢理に己を鼓舞し、思い切って勢いよくドアを開けた。

「すみませーん」

緊張のせいか少し声が裏返った。

だが返事はない。

入口から見える範囲に人はいないようだ。

「あの、すみませーん!」

今度は大声で呼んでみたがやはり返事はない。

「あのー、調査の依頼に来た者なんですけどー。とりあえず中に入ってもよろしいですかー!」

さっき以上の大声で呼びかけてみたが、依然として返事はない。今度こそ郁美は呆れた。

「まったく、いったいなんなのよここは! 馬鹿にしてるわ!」

そう吐き捨てた郁美が、怒りに任せて踵を返そうとした瞬間、室内の奥の方から男がドタバタと慌ただしく駆け寄ってきた。

「ちょっと、ちょっとお客さん、待って! 帰らないで! そんなに怒らないで!」

男はゼイゼイと息を切らしながらそんなことを口走った。

「え、いたんですか? 私、結構大声で何度も呼んだんですけどぉーー」

郁美は口を尖らせて嫌味ったらしく語尾を延ばした。

「いや~、誠に申し訳ない美しいお嬢さん! これは大変な失礼をしてしまいましたな。失敬失敬」

「はあ・・・・・・まあいいですけど」

変なお世辞まで言い出した男に、誠意を感じたというよりは毒気を抜かれた感じの郁美だった。とりあえず帰るのはやめてやるか。

「あの、何かお取り込み中だったんですか?」

郁美が尋ねると、男は全く悪びれる様子もなく、偉そうに腕を組んで喋りはじめた。

「いやぁ、実はその、お客さんの声は聞こえていたんですがね。ただ、まさにそのとき、トイレで便秘と格闘中でして。いやぁ、出るか出ないかの瀬戸際だったもので、返事をする余裕すらなく」

「ああ、もういいですから。分かりました」

男はまだ何か喋ろうとしていたが、郁美が遮った。

男は一瞬バツの悪そうな表情を浮かべたが、すぐ笑顔に戻って、

「と・に・か・く!」

突如、胸の前で両拳を握り締め、大仰にタメを作った。

「このドアを開けたその瞬間に、もうお客様の悩みは解決されたも同然! 大船に乗ったつもりで、この私にす・べ・てお任せあれ!」

男は満面の笑みを浮かべながら、そんな無責任な台詞を恥ずかしげもなく言い放った。しかしこいつ、さっきは「お客さん」って言ってなかったっけ。何だか一貫性の無さそうな奴である。

「はあ、じゃなくてはい、よろしくお願いします」

郁美は既に断りたくなっていたが、儀礼的に棒読みで挨拶を返した。

「ささ、では中へどうぞ。汚いところで恐縮ですが、コーヒーの味にはちょっと自信アリですぞ」

男はシャーシャーとそんなことを抜かしつつ、薄気味悪い手つきで恭しく郁美を手招きした。

(この人、一応ここが汚いって自覚はあったのね・・・)

郁美はそんなことを思いながら、言われるまま仕方なく室内に入っていった。

(2)につづく

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