八月のアレやコレ



 八月はエルニーニョの影響で、世界のあちこちで異常気象が起きた。

 天候が荒れると人の心も荒むのか、やたらテロのニュースが多かった記憶がある。

 ケニアで、北アイルランドで、アフガニスタンで、正義の名の元に人々の命が奪われた。

 けど、たとえどこかの国で、怪しいミサイルが何本発射されようとも、この千葉県船橋市の、平均的戸建住宅である僕の家に落ちない限り、僕はここで、わき目も振らず勉強に励む。

 浪人生を取り囲む環境なんて、暗いに越したことはない。

 カラフルなゼリーみたいなパソコンが、アップル社から発売された事と、松本梨花という、愛しの幼馴染から告げられる、『次の海の約束』だけが、僕にとっては心揺さぶられる明るいニュース。

 それだけで充分。


 お盆前には、佐ゼミで、早稲畑大学の模擬試験を受けた。

 そしてお盆明けには、河田塾のセンター模試を。

 お守りとして、ヨレヨレの薄汚いチノパンのポケットに、マテバシイの森で拾ったドングリの実を入れて。


 早大模試の方は、去年同様パッとしない出来だった。

 でも英語に関しては、力を入れた甲斐あって、すぐ解けずに手が止まったり、後回しにする問題がかなり減ってた事に自分でも驚いた。

 それがそのまま、ちゃんと正しく点に繋がっていたら嬉しいけど。どうかな……。


 去年、早大はすれすれのC判定しか出ないまま、無理を承知で受験した。

 なぜかというと、父さんの母校だったから。ただそれだけの理由。

 僕にとって、父さんと同等、もしくはそれ以上の大学に行くというのが、子どもの頃から続けてきた勉強の終着地点だった。

 その先は……特に無い。

「将来、何になりたい」というハッキリした夢は持って無かった。

 小学校の卒業アルバムには「いかしたサラリーマンになりたい」と書いたと思う。

 もちろん、ちょっとした冗談のつもりだ。僕流の。誰にもウケなかったけど。

 お決まりの、宇宙飛行士なりたいだの、医者になりたいだの書く奴らもいた。

 けど、勉強のできない奴に限ってそういう事を書く。

 そんなの現実味の無い、バカの見る夢だと思っていた。

 勉強して、良い大学に行かれた時に、その位置から実際届く現実を、手に入れれば良いじゃないか。

 そう思っていた。

 

 下にいるよりは、少しでも上にいる方が、手に入る選択肢は増える。


 低い場所にある物は、自分が降りれば容易に掴めるけど、上にある物は背伸びしてもジャンプしても、高すぎれば絶対に届かない。

 だから父さんぐらいになれれば良いと思ってた。

 けど、どうやらそれも厳しい。

 今のしょぼくれ父さんを見ているせいか、余計に悔しい。

 僕は、そのレベルにも到達できない可能性大。


 そう、今の僕にとって、早稲畑大学はバカの見る夢。

 だから、今回の模試の結果でB判定が出なかったら、もう受けるのはきっぱり諦めようと思っている。


「駄目もとで、受けるだけ受けてみろ」


 バブル全盛期の前向き志向を引きずる父さんは、去年そう言って僕にアドバイスした。

 けど今年は特に何も言わない。それで良い。

 ほぼ無理なものに受験料は払えない。

 それが僕の現実。手の届かない夢は見ない。

 

 滑り止めも、今年は二つに絞る。受けるのは本命入れて三つ。

 受験料は父さんの冬のボーナスが無事出る事を見越して10万円以内。

 それ以上どうしても増やすなら、自分の貯金から受験料を払うしかない。

 

 そして早大を諦めた場合、去年は私大ばかりを受けてたけれど、今年は色々考え、三科目で受験できる、都内の国立大を受けようと思っている。

 ここは全く盲点だった。

 教育学部がメインの、東京郊外の国立大。

 別に教師になるつもりなんてさらさらないけど、学費は格段に安いし、偏差値的にも恥ずかしくない大学だ。

 僕の『元優等生』としてのプライドは一応守れる。

 ……まあ、これもセンター模試の結果次第だけど。


 で、その模試を受けた感触は、「マークシートの神様」の異名を持つ僕にしてみれば

いつもながら、まずまずの出来といったところ。

 けど去年と違うのは、ヤマ勘ではなく、ちゃんと理解して解いている、という実感があった事。










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