らい丈夫れふ



 僕が『 Kanaloa Surf 』の駐車場に戻ってくると、ウッドデッキには新たな野蛮人が加わり、さっきより大きな群れになっていた。

 その中からオデッセイを見つけた松本さんが勢いよく立ち上がり、こちらに向かってまっしぐらに駆けて来るのが見えた。

 僕は同じ所に車を停めて、それから運転席の外へ出た。

 時刻はとっくに正午を過ぎ、松本さんと約束した3時間に大幅遅刻。


「もうっ!!春田、どこ行ってたのようっ、、、きゃっ!!」


 僕が言いわけを始める前に、松本さんが息を呑み、素っ頓狂な声を上げた。


「やだっ!!、、、ど、どうしたのその顔?!?!」


 高く響く彼女の声は、恐らく野蛮人達にも聞えたはずだ。

 そして彼らの視線は今、僕の『その顔』に注がれているのだろう。

 取りあえず説明しようと口を開こうとしたら、顔の左側に痛みが走った。


「あが……」


「どうしたの春田!?……まさか、事故ッたの??」


 そんなはず無いじゃないか。車にどこか傷でもあるかい?

 僕は顔の右側で笑って見せ、それから首を横に振った。


「……どっかで転んだの??」


 本気で心配そうな松本さん。

 僕は首を傾げてしばらくその真剣な表情を見つめた。それから頷き、


「らい丈夫」


 と、小さく答えた。

 けれど松本さんは今度はふくれっ面になり、


「大丈夫なワケないぢゃん、その顔!!てゆぅか、、、」


 彼女の視線が、僕の顔からその下の着ている服、そして足元へと移っていった。



「なに?その格好……」



 その格好、と君はお訊きなさる。

 それなら分かりやすいように説明しよう。

 僕は靴を履いている。

 それはさっきも言ったけど、運転しやすいようにってだけで選んだ、履き慣れた高校時代のコインローファー。

 でも、ナイキのエアーにしとけば良かったんだと今なら思う。

 いや、そうするべきだった。海なんだし。

 けど、そればっかり履いててボロくなってたし、去年の夏以来、久しぶりに下駄箱から出してみたら、カビがびっしり生えててやめたんだ。それがそもそも選択ミス。

 あれを履いてればこんな目に遭う事も無かった、きっと。

 ローファーにはもちろん、靴下。

 緩みないゴム。母さんが漂泊していつも真っ白。

 そして、くるぶしの辺りにダンロップと書いてある。

 父さんが以前、ゴルフの景品で貰って来たやつだ。

 それから、僕的には松本さんと勝手にデートという下心もあったから、まあ、折り目のついたベージュのチノパンに白のポロシャツで、それなりに爽やかに決めたつもりだったけど、今は訳あってその革靴と、キッチリふくらはぎまで上げた白靴下を露出して、カーキ色のショートパンツと、まっ黄色のランニングシャツを着ていた。

 ランニングの前面には、もみじみたいな葉っぱと『GOOD2GO』の文字が黒で大きくプリントしてある。

 オシャレなんか全く気を使わない僕ですら、上と下が全く合っていないと思う。

 おまけにガリガリ色白の僕の体に、このランニングはサイズがデカいし色も派手過ぎ。

 松本さんが驚くのも当然だ。

 ウッドデッキの方から、野蛮人達の爆笑する声も聞えて来た。

 さすがの僕も、彼らの笑いに釣られて照れ笑い。

 するとまた左の頬に、少し強く痛みが走った。


「あだだ、、、」


 右手をそっと顔の左に当てると、いつもは肉の無い頬の辺りに、ブヨブヨした感触が触れる。

 小屋を出た時より、だいぶ腫れてきたみたいだ。

 やっぱり素直に、あの薄気味悪い氷のうを貰ってくれば良かった。

 この腫れ具合、下手すると、松本さんのふくれっ面よりすごいかも。


 そう、あれから気がつくと、僕は革椅子の上に寝かされてた。

 そして白いポロシャツとチノパンが、真っ赤に血で染まっていて。

 『ババ』さんと『イソノ』さんが、僕の顔を覗き込んでた。





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