女の子と宇宙語は分からない



どこまでも真っ直ぐな国道128号線。

けれど周辺の雰囲気は、それまでの田園風景とはガラリと変わった。
国道の両脇には、大きな駐車場付きのレストランやペンションが点在し、
その黄色やピンクや水色なんかの、カラフルなペンキで塗られた建物が、
太陽の光をさんさんと浴びて、からりとした五月の青空に良く映える。
サーフボードを荷台に重ねて積んだダットラや、
助手席に大きな犬を乗せたアストロなんかとすれ違い、
なんだかカリフォルニアの海辺の町に迷い込んだような気がした。
開放的な雰囲気に、思わずビーチボーイズでも聞きたくなる。
そんな高揚感が、インドア派の僕の胸にも自然に湧いて来た。
左側には、ずっと松の防砂林が続いていて、残念ながら海は見えないんだけど、
空気の中に潮の匂いが満ちているのがハッキリ分かる。

「御宿に行くの?」

僕は、右手の白いアイスクリームショップの前に立つ、
薄着の女の子のスカートが、対向車の風にふわりと持ち上がるのを、
サイドミラーで見送りながら、浮き浮きした調子で訊いた。

「ううん、東浪見」

「トラミ?」

「そう」

それは初めて聞く地名だった。

「御宿の近く?」

「うーん、、、御宿はもっと先かなぁ。ここからは30分以上かかると思う」

「で、僕らが向かっているのは御宿?」

「だから、トラミぃ。もうすぐそこ」

「御宿じゃないんだ?」

「じゃないっ!」

ちょっとしつこく聞き過ぎた。
残念ながらウワサの場所ではないようだけど、
このオシャレな海岸沿いの雰囲気からして、
トラミという所も悪くないに違いない。
道路脇でちらほら見かける女の子達が、
全てキュートなカリフォルニアガールに見えてきた。ヤバい。
サングラスはこういう時こそ必要なのかもしれない。
ニヤケた視線の先がバレないように。
僕がせわしなく左右に目を泳がせていると、
松本さんが「さーて」と言って後部座席を振り返り、
自分のバックパックからビニールの化粧ポーチを取り出した。
そして全開だった窓を閉めると、助手席のサンバイザーを下げて、
その内側の小さなミラーを見ながら、
片手に何か小さな化粧品らしき容器を持って、
顔に白い液体を塗り込み始めた。

「何してるの?」

「日焼け止めー」

言いながらペタペタ手際良くそれを塗り終えると、
今度はピンク色の携帯電話を手に取り、それを右耳に当てながら、
勝手にラジオのボリュームを下げた。
僕はよそ見をやめ、松本さんの横顔をチラリと見た。

長いサラサラの茶髪の間から、
携帯のアンテナがぴょこんと飛び出し、
なんだか宇宙と交信する人のように見える。
小さく漏れ聞こえる呼び出し音。
応答を待つ間、松本さんはミラーを見上げながら、左手で前髪を梳いていた。
大きく目を見開いて、少しほっぺたを膨らませ、
鏡の中の自分とにらめっこをするように。

 可愛いなぁ……

さっきまで、よそ見ばかりしていたわりには根が単純。
思わず心の中で呟いて、その松本さんのふくれっ面を盗み見してると、
携帯から、威勢の良い張りのある声が飛び出し、
それに合わせて、松本さんの表情がパッと笑顔に変った。

「あ、もしもしぃ?梨花でーす、おはよございまぁすっ」

松本さんの、いつもに増して甘い声。
相手が何て言って電話に出たのかは聞えなかったけど、
それが男の声なのは間違いなかった。

「今日、どうですぅ?はい、はい、えっ?モモコシの面ツル?
 ホントですかぁ??わー良かったぁ♪」

 モモコシの麺つる……

どこかソバ屋に電話しているのだろうか。

「……ところで、波平さんは、来てますぅ?」


 老人と海 = ヘミングウェイ [正解]  


ポンっと頭に浮かぶ図式。

 ……いや、それ今、関係無いし。
 しかもサザエさんだろ。

頭が軽く混乱する。
人の会話に、自分の知らない言葉が飛び出し、
盛り上がっているのを聞いてると、
なんだか蚊帳の外にされたみたいで面白くないものである。

「あ、そうですか…そっか…ヘバラですか…ですよねぇ、、、」

 へばら?屁腹?何だそりゃ??

別に聞きたい訳じゃないけど、横でしゃべってるんだ。仕方ない。
松本さんが、相手の答えに一瞬がっかりしたようにトーンを落とす。
けれどすぐに、はしゃぎ声に戻って話し始める。
 
「え?あ、いえ、いいです、そうです、平気です。
 今日はお迎え、大丈夫でぇーす。
 電車じゃなくてぇ、アタシ、車なんです、く・る・ま!
 ちがうちがう、今日はね〜







      アシ付きなの







 だからぁ、 もうすぐ着きますから待ってて下さいねぇ〜
 え、え、お願い、先に入らないで下さいよぉっ!
 だって、マリちゃんとかも来てるんでしょー??
 だったらぁ〜えぇ?マジですかぁ?あははは——!!」



松本さんが楽しそうにしゃべり続けるのを、
僕はハンドルを握りながら聞いていた。

道は相変わらず真っ直ぐ。
空には雲ひとつない。



それなのに



僕の心にだけ、ぽつんと小さな黒い雲。












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