12月3日 正論が孤独を招いた

 ここ数日、眠りにつく前に夢を見る。長いようで短い夢。

 アルバムをぱらぱらと読み進めていくような、これまでの物語をダイジェスト映像で振り返るような、そんな感覚。

 幼稚園→小学校→中学校→高校→専門学校→そして現在

 例えるなら、駅を通過する電車の窓。そこに過去の光景が映っている。 

 恐ろしいものから逃げるように過ぎ去っていくそれを眺め、時の流れに詰め込んだ思い出を再体験しているのだ。

 人とは恐怖心が強いもので、嬉しい思い出や楽しい思い出はたくさんあったはずなのに、そのほとんどはいつの間にやら記憶領域の外にはみ出してしまったらしい。

 記憶が私に見せたものは、心痛を味わった思い出ばかり。光の射さない海底のように沈み込んだ黒が、心を蝕んでいく。

 慣れたものだった。といっても、痛いものは痛いのだけれど。

 私にとってこれは、何かを理解する前兆のようなものだ。

 それは記憶当時の相手の気持ちだったり、私の本心だったり、その結果に至った原因だったり、物事の本質だったり、あの時こうしていれば……という他の可能性だったりする。

 所詮、23回しか季節の循環を体験していない人間の思考だから、まだ理解しきれていないことの方がたくさんあるだろう。

 というより、私は私という自我から離脱して世界を見まわしたわけではないし、誰かの人生を体験したわけでもない。どこまで考えたって”理解したつもりになっている”という枠から出ることはないのかもしれない。そんなこと言い出したらキリないか。自分でも馬鹿馬鹿しく思えてくる。

 本題はそこではないから、話を戻そう。私が何を思い出していたか。

 嫌がらせに関する思い出だった。  幼稚園の時、男子たちに髪を引っ張られたり、砂をかけられた思い出。

 中学生の時、クラスの男子に筆箱を取られたり、転ばされたり、大人数で囲まれたり(気味悪く笑う彼らに無言で囲まれるだけだった。何がしたかったのか今でも分からない)。部活仲間だった女子たちやクラスの女子に陰口を言われていた思い出。

 程度としては、軽い方なんだろうか。悪いことは悪いことだし、嫌な思いしたことに変わりないのだから、重いも軽いも無いのだろうけれど。

 私はその人たちに何かをしたことはなかった。というか、関わっていなかった。なのにそうやって嫌なことをされたのは何故だろう。

 不思議でしょうがなかったけれど、だからこそ目をつけられたんだろうか。

 私という人間が分からないから気持ち悪い。大人しいからストレスをぶつけても問題なさそう。自分を表に出さないその態度が気にくわない。そんな感じだったのかもしれない。

 人が理解できないものを恐れるのも、弱者に見える人間を使って快感に浸る人がいるのも、異質なものを嫌悪する人がいるのも事実だったから。

 弱そうなのがいけない、と笑う人間がいたのを思い出す。しかし私は、弱者に見える人間にしか強く出れない心の方が、よっぽど悪臭を放っているように思う。


 沈黙がいけなかったのかもしれない。そう考えた私は高校生になってから、嫌なことは嫌だと言葉にして主張するようになった。

 同じクラスには、私の後ろの席にいる内気な生徒を数人で囲い、その人の悪口をペラペラ喋ることで力を持ったつもりの同級生がいた。

 その光景を見かける度にほこりを飲み込んだかのような心地がして、毎度毎度口論した。それでも同級生は嫌なことをやめなかったし、私の友達もクラスメイトも、マネキンみたいに見てるだけだった。

 こんな嫌なことが目の前で起きているのに、どうして普通に見ていられるのだろう。

 被害者は嫌な絡み方をしてくる同級生たちの言葉に傷ついた顔をしていたのに、なぜか同級生をかばっていた。彼女は抵抗ではなく適応を選んで、私のやる事は求めてなかったのかもしれない。だとしたら私はお節介である。

 同級生が「死ね」と喚き、私が「誰が死ぬか」と言い返した日。舌打ちした同級生が私の机と通学カバンを蹴飛ばす事態にまで発展した時には、もう我慢の限界だった。

 トイレに篭っても涙は収まらないし、次の授業も抑えきれない涙を流しながら受ける羽目になった。今思うと、仮病を使って保健室にでも行けば良かったのに、変に真面目だった。あの時の教室はいつもより静かだったのを覚えている。私は音の消えた雪原にひとり取り残されたような心地で、ずっと背中が冷え切っていた。

 その日の放課後は、担任の先生から呼び出された。先生は、以前から内気な彼女が嫌な目に遭っているのを知っていたらしかった。それなのに、初夏から冬まであんなことがずっと続いていた?

 当時の私には、先生は今まで何もして来なかったように見えた。同級生が陰で諭されていたとしたら、様子が変化した日が一度くらいあったはずだろうと思ったから。だから私は、先生に「◯◯(内気な人)さんのこと、ありがとう」と言われても、まったく響かなかった。

 クラスメイトは最後まで知らん顔だった。いや、気まずそうな顔はしていた。どうすべきか迷っていたのか、それともこの件には関わりたくないと思ったのか。

 どちらにせよ、私という存在はその程度のものだったんだ。その考えに行き着いた時、自分の人望もその程度なのだと悟り、ぬかるみに足がはまる感覚がした。


 次の日から、進級するまで学校を休んだ。学校に行きたくないと伝えると怒った母だが、担任の先生との通話で事情を知ると「怜子は正しい事を言っただけで、何も悪い事はしとらん。今は休んどきぃ」と言ってくれたのを覚えている。

「大ゲンカした人とは案外仲良くなるもんよ」とも言ってくれたが、どうしても許せなかった私は、あの同級生が声をかけてきても目も合わせずにあしらってしまった。

 これ以降はこの件に関しては何も起きなかったし、内気な人は別の人と一緒にいるのをよく見かけるようになった。


 その後の進学先には、過去にいじめに加担していた、もしくは見ていたという同級生がいた。

 彼女たちは、本人がどうにもできない部分が気に食わなかったらしい。私には攻撃する理由が理解できなかった。

「なんでそんな事でひどいことしたの?」と聞くと、いじめに加担していた女は不機嫌そうに黙り込んだ。見ていた方の女は、「千崎ちゃんだってそういうのした事あるでしょ」と言った。

 無かったから聞いた。理解できない。

「まぁ、大体の人にはあるんだよ」という言葉が加わった時、喉奥から髪の毛の塊を吐き出しそうな気持ち悪さを覚えた。

 この気持ち悪さ=彼女らがいじめをする時の衝動、なのだろうか。

「千崎ちゃんは私たちとは違うもんね」という言葉は、私を孤独の海に突き飛ばした。とても濃い涙の味が、舌の上に広がったような気がした。

“貴女たちのその「軽蔑しました」とでも言いたげな目は何だ、私は何か悪いことでも言ったのか? 「いじめって非道徳的じゃん」と主張しただけなのに。彼女らにとってこれは綺麗事なんだろうか、だとしても汚れ事を選ぶ理由が分からない。

人を踏みにじるような間違いは、何かしらの形で多くの人が経験する事だろう。そこから学びを得る事もいっぱいあるだろう。そういう事ならこんな、肺に穴が開くような痛みは生まれなかった。 でもそんな事、彼女たちには無い。むしろ、そういうことをしたという事実を笑顔で、自慢げに語った。そして「私があの子をいじめることになったのはあの子のせい」とまで言い切った。

なんだそれ。なんだそれ。日本語なのに理解ができない。こんなの久々だ。意味不明すぎた。同調するのは何故なんだ。思考回路を私にすべて見せてほしい、どういう仕組みだそれは。貴女たちは、本当に”

 そこまで考えた時、暴言が口をこじ開けて彼女たちの耳をつんざきそうになった。そうなる前に、私は早々にこの場を立ち去るのだった。


 過去を運び終わった電車の窓が目の前から消える。微かな残響音が鼓膜を震わせている気がした。私は、この余韻に浸りながらまた考える。

 彼らや彼女らのような人間が、羨ましいと思う時が正直ある。

 ああいう人たちの多くは少なくとも私より心が丈夫で、現代社会に馴染むことができる。ストレスを抱えながらでも働いて、収入を得て、消費して、人と関わり、社会を動かしている。

 今の私にはできないことだから、当たり前にできている彼らや彼女らがすごいとすら思う。

 やっぱり、社会にとっては、あの人たちが必要なのだ。あの人たちがいるからこそ、社会が成り立っている。きっと、道徳や倫理や思いやりに価値など無いんだ。そんな感情的なものを無視してでも利益を生み出す事の方が、よっぽど価値あることなんだろう。

 事実、本当に、人の痛みなんて関係ないものだった。

 特に、私の憧れた世界なんて、とても、人権を無視して、なんで、肉欲にまみれて、それで、表面ばかり、綺麗で、中身なんて、腐りきって、醜悪、ほんと、汚い、どうして、そればかり、なんて、気持ち悪い、きもちわるい。

 過去の失望も悲しみも怒りも悔しさも、水洗トイレですべて流してしまえたらどんなに良いだろう。

 できることなら、カエルみたいに内臓を吐き出して、綺麗な水で洗いたい。労わるように、癒すように、慰めるように、丁寧に。  ここ数日は、そんな気持ちだ。



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