ジュブナイル

お題は「サーカス」「リクエスト」「ハロウィン」

 渋谷を仮装した人が騒ぎながら歩いている。今年もハロウィンをニュース番組の一コマでやり過ごす。
 私は仮装すらできない。なりたいものなんてない。
 私はつまらない人間で満足している。
「次のニュースです。サーカス団で飼われているライオンが団員を襲うという事故がありました。団員は腕や頭に重傷を負いました。ライオンの調教中に襲われたとのことです」
 毎日流れるニュース。ときどき胸を痛めてみせたり笑ったりしながら今日にさようならをする時間。
 誰が死んだとかテロがあったとかミサイルが飛んだとか毎日聞いていたら本当に悲しむべき出来事がなんなのか分からなくなる。
 命はニュースの一コマに当てはめられ、私の前に映し出されては消えていく。
「番組が視聴者からのリクエストで取り上げてほしいアーティストについて密着取材をし、その魅力に迫りました。18歳でシンガーソングライターとしてメジャーデビューした綾瀬ミトさんです」
 よく知っている顔が映された。綾瀬ミトの本名は綾瀬彩花。私、瀬名美都の姉。
 父が違うが同じ母のお腹から生まれた。
 実母の浮気で私は生まれた。私はすぐに養子に出された。
 実母は浮気を隠したまま私を生もうとしたらしいが、以前から父は実母の浮気を疑っていた。父は気づいていない振りをして私が生まれるまで待ち、生まれると同時にDNA検査をした。
 私と親子関係がないことが証明され、実母と父は離婚。
 姉は父が引き取ったが私は実母に捨てられた。浮気相手の私の父とは一緒にならなかった。
 でもこれらの私が生まれた直後のことなんて覚えていないし、私の世界が構築される前のことだからどうでもいい。
 今の育ての両親だけが私の世界に存在している。ただ、自分のルーツを知って私は私を諦めかけた。
 実母の不義によって命の形となり、父の思惑によって生まれてきてへその緒と共に捨てられたのだ。命を羽根つきのように軽く弄ばれた。
 養子の私が自分の過去を知ったのは姉、彩花との出会いがきっかけだ。養父母からは実母には育てられなくなったからとしか聞かされていなかった。
 姉と同じ高校とは知らずに入学し、学園祭のときに単独で歌っているのを目にした。他人ではないと直感した。
 私も姉も母親似だった。姉の歌は耳に入ってこず、その場から動けなかった。
 初めて血の繋がりのある人と出会った瞬間。嬉しかったかもしれないし、怖かったのかもしれない。
 姉と話したいと思うと同時に迷惑だったらどうしようと悩んだ。なぜ姉と私はばらばらに育ったのか。姉も養子なのか。
 私は初めて自分の過去を知りたいと思った。養父母には聞けなかった。聞けば不安にさせてしまうから。
 市役所に行き、戸籍を調べると自分の戸籍謄本には実母と養父母の記載があり、初めて実母の名前を知った。実母の戸籍謄本も取得したが姉の記載はなく、実母は子どもと暮らせなかったことは本当だとしか分からなかった。
 姉と会っていいのか考えた。考えている間に学校の廊下ですれ違ってしまった。目が合った。繋がってしまったと思った。そのときはすぐに教室へと逃げた。
 私は姉と出会わないように気をつけた。なのに向こうから私を探し当ててきて、
「ミトって子いる?」
 その声と姿を見たクラスメイトはすぐに私を呼んだ。
「美都ちゃんってお姉さんいたんだ?」
 私は苦笑いをしてやり過ごし、姉の顔を見ることができないまま向かい合った。
「ちょっと付き合って」
 そう言うと振り向きもせずに歩き出して外庭まで移動した。牡丹の花が大きく咲いていた。ベンチに二人で座って姉は話し出した。
「やっと見つけた。妹をずっと探してたんだよ」
 姉の顔を見ると自分とよく似た顔で嬉しそうに笑っていた。陰っていた牡丹の花に陽が当たり始めていた。
 姉は自分のことを話し始めた。父とよく喧嘩すること、再婚相手の作る料理がまずいこと、シンガーソングライターを目指していること、デビューが決まりそうだということ、歌詞が書けなくなっていること。
「お母さんとお父さんのこと知りたい? ミトの本当のお父さんのことは知らないんだけどね。でもクソみたいな話だから知らない方がいいかもしれない」
 私はこれだけでなんとなく察した。姉と父が違い、母と父は離婚したのは母の浮気が原因でその証拠が私であること。では姉は離婚の原因となった私を恨んでいるのではないかと思った。なぜ私を探していたのだろう……。私に復讐するためか?なら私は聞かなければいけない。知らずに生きていくのはずるいことだろう。私は静かに頷いた。
 姉はゆっくりと私が母のお腹の中にいるときから離ればなれになるまでの話をしてくれた。
「私ね、妹ができたって聞いてすごく嬉しかった。まだ2歳だったけれど、一緒に何して遊ぼうかっていつも考えていたんだよ。でも喜んでいたのは私だけだった。ミトが生まれたとき、一回だけお父さんと病院に行って、小さいミトが眠っているのを見ただけで、その後は一度も会えなかった」
 DNA鑑定によって父と私に親子関係がないことが分かり、すぐに両親は離婚することになったと言う。
「何がなんだか分からなかった。普通の家族だと思っていたのにそうじゃなかったことが悲しかった。初めのうちはミトが生まれてこなければよかったなんて思ってたぐらい。大好きだったお父さんもお母さんも消えちゃった喪失感でよく暴れた。でもね、だんだんと親に対する怒りに変わって、なんで小さい私やミトが大人の事情で我慢したり苦しむことを『仕方ない』で割り切らなきゃいけないの?そんないい子にはならない!って決めたんだよ」
 だから姉は一人立ちと親への復讐のために歌を選んだと言う。「親の不幸で私は幸せになるの」姉がすごくかっこよく見えた。私は普通に生きることだけ許されるならそれでよかった。
 姉は選んだ。自分の生き方を。自分の命を背負う覚悟をしたんだ。
「今はデビュー曲を制作中なんだけど、歌詞がどうしてもまとまらなくて困ってるの。で、ミトに作詞をお願いしようと思って。どう?」
 突然のことに私は言っていることを理解できなかった。作詞なんてやったことあるわけない。そもそも私が作詞をしてはシンガーソングライターでなくなってしまうのではないかと思った。
「大丈夫、『綾瀬ミト』って名前にしようと思ってるから、作詞は二人でやっても嘘じゃない。シンガーソングライターでも作詞は別って人もいるし。ミトとまた会うことができて、一緒にやりたいの」
 そう楽しそうに言う顔を見て、私は頷いてしまった。姉のやる気が私の内側の何かを刺激した。
「では、綾瀬ミトさんのデビュー曲『ジュブナイルの歌』をお聞きください」

 少年少女 声を殺して泣いているのは誰
 君が君を見つけられずに彷徨っているよ
 何を探しているの 出口なんてないさ
 助けを求めたって無駄だ 不完全な僕らにそんな奇跡は起こらない

 希望 未来 夢 何を期待する
 やらなきゃいけないことは何だ
 なんて言われたって分かない けれど僕は歌うよ

 ジュブナイル 声を殺すな
 特別じゃない それを言い訳にするのは気持ちいいか
 やるかやらないかの世界だ
 死ぬまでの暇つぶしができれば上等
 自分にナイフを突き立てて殺すな 言葉遊びを繰り返して

 少年少女 帰らぬ日々を駆け抜けたい
 誰にも盗めない物語を書き続ける
 捨ててしまったものは知らない
 名前を知らない感情が息苦しいの
 
 何ができるかは分からない
 それでも今始まる気がするよ
 君とならできると思えた だから僕は書くよ

 ジュブナイル 時間はまだある
 生きる屍になるのはまだ早い 牡丹の花が咲いていた
 僕は僕を信じるよ
 君がいる世界を生きてみようと思う
 不完全な僕の独り言 君に今届けたい ありがとう

「ありがとう」
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