画像著作者 Stefanie Neves  


 今日は少しばかり体調がよろしい。

 小春日和に誘われ海へ向かうのも悪くない。

 随分と前に歩いたきりで道行伺える様子ががらりと変わっている。

 この前ゆっくりとした用水路の土手、あの頃咲いていた花はもう無い。

 休みゝでなければ足元が覚束無い。

 一先ずここに腰掛けるとするか、茶になった芝の緑がからっと突き刺さり手に痛い。 

 新緑の勢いに誘われ地の生き物が目覚めた頃、水の張られた田圃で頻りに鳴いていた蛙は百舌鳥か鷺の腹に納まってしまったか、陽だまりはやけに静かだ。

 肩まで伸びた無精の髪を、思いもかけず吹きあげる風は以前のそれよりずっと冷たい。

 田植えの頃は綺麗に造られた畦も、稲刈りが終わればいたる所で綻びが目立って物悲しい。

 道行く者は見渡す限り一人もいない。

 田の水は枯れ、色の消えた稲株から伸びた二番穂が低い背丈で実をつけ真っ直ぐ並んでいる。

 株の合間に落ちた穀の実か小さくて見えない昆虫は、その腹を満足させるにはほとほと足りなかろうに雀たちが奪い合う。 

 雀の喧嘩を眺めているのも長閑だが、このままではいつになっても海を拝めない。

 のんびり体が熱るまで歩くと、釣り人が忘れていった竿が日向ぼっこをしている。

 いつから置かれたままになっていたのか幾度も嵐に出くわしたそうな痛み方で、いかにも助けてくれと訴えかけてくる。

 とんと釣りなど心得の無い者だが、無機な竿に慈愛の感情を覚えた。

 何も語らず愚痴らず、泥に塗れて悔しかったろう。

 見ればそこいら中がかすり傷だらけ、どれ程主に尽くしたものか。

 手に取り上げれば、川藻の絡んだ糸の先に骸ともいえぬまで朽果てた魚の頭蓋が釣れている。

 主を失った竿に釣られるとは、竿程更に無念であったろう。

 打ちひしがれた孤独の月日と思ってみたが、竿のその先には命を変化させながらもなお友がずっと寄り添っていた。

 なあに案ずる事はない、今からこの身を友とすればいい。

 川面を漂う木端を取り上げ、平地の隅に頭蓋の骸を葬った。


 拾った竿を持って海まで行くのは体が悪い。

 主は知らぬが如何にも人様の物をくすねたままだ。

 どこぞで誰かに遭うかも知れん、知った者に見られるやもしれぬ。

 狭い村の事、つまらん噂になっては苛立つだけだ。

 丁寧に洗ってたたみ、目立たぬ祠に隠し置いた。 

©Daichi Ishii Office, LLC.