石城呪縛の克服

   画像著作者 nastro gitanes


 見てしまった事に関しては悪いと思うが、完全に不可抗力であったし、まして転落事故でも大怪我をしないで済んだのは俺の御かげもあるのだから、一言礼なり一回御礼があってほしかった。

 しかし、これでこの島には、住民が少なくとも一人はいる事が確認できた。

 つまり、生き延びられる可能性が飛躍的に増加したのである。

 別の意味も含め、歓迎すべき出来事であった。


 崖の側道をゆっくり登りきると、平らな草原に出た。

 下の野原よりも広いものの、行き当たりの先はぷっつり途切れ、断崖の下では岩肌を荒々しい波が洗っている。

 どうやらこの野原がこの島では一番の頂になるようで、島の形から隣近所に浮かぶ島の様子まで、はっきりしっかり伺える。

 ぐるっと菱形に歪んだ島の全景は、東西南北に分かれて海岸があり、東側が春から始まって北の冬景色と、吾娘の住んで居る島と気象条件は似たり寄ったりのようだ。

 ただ、ここから見る限り、人が住まえそうな住居は見当たらず、道らしき道は上陸した夏の海岸からここまで来た道と、この高台からそれぞれの海岸へと通じる三本だけで、さっき見かけた小娘も人影も発見できない。

 さてと腰を下ろして海を見れば、小島が点在してはいるものの、船らしき影は三百六十度水平線の何処まで行ってもない。

 どの海岸も似たり寄ったりだが、どこに居を構えるのが一番よろしいかは、現地に行ってみなければ決められない。

 頂上から見た時はここが良いだろうと決めていた春の海岸は、いざ家を作ろうとすると、毛虫がうろちょろしていて住む気になれない。

 夏の海岸は暑苦しいばかりで、いかにトロピカル気分を盛り上げても最後はぐったり落ち込むだけだ。

 いっそ思い切って、四つの海岸に一件ずつ建てて、純繰り回って住んでみた方がよさそうだ。

 と言うわけで、比較的気候が温暖で、果物などの食料も豊富な秋の海岸から住み始めてやろうと、夏の海岸からバナナの葉っぱをごっそり持ってきて、簡単なテント式の家を建ててやった。


 秋の夜長を縁側に見たてた流木の上で過ごすと、何だか風流な気分になってくる。

 果物も適当に実っていてくれるので、食糧の心配をする必要もない。

 飛ばされてすぐには、色々と慣れない島で心配したが、いざ何日かたってみると、誰にも気づかいしなくてすむから気分が楽でいい。

 病気だらけだった体も、精神カプセルという画期的な治療で、元気な機械になっている。

 強いて言うならば、心配事がないのが一番の難点になっている。

 月が、砕けた白波を金色に染める頃、海岸に流れ着いていたラム酒の瓶を開ける。

 どうやら飲めそうだ。

 まかり間違って毒であったにしても、味さあ良ければ機械の身体は腹を壊したりしないだろう。

 見境なしの食いしん坊でいたい身の上としては、たのもしいばかりだ。

 月光を遮る雲は一欠けらも無く、程好い明るさで酒瓶と遠い海を照らしてくれる。

 いつの間にか瓶の中身が半分になった頃、心の奥底まで酔いが染み入ってきた。

 大変いい心持ちで海岸を千鳥足に歩いて、大きくSOSと書いてみる。

 上空から見て、確かにSOSと読めるかどうかは定かでない。

 そのままゴロリ砂浜で横になる。

 秋の満月が無限の水平線を照らして、遙か彼方に一隻の帆船が浮かんで見える。しかも、動いていない。

「あんなに遠くちゃ、声は届かないな……どうすべか」独り言が出て来た。

 夜も更ければ薄ら寒い季節で、焚き火は常に絶えず燃え続けているものの、あんなに遠くからでは気づいてもらえない。

 もっと大きな火が必要だが、森に火を放つわけにもいかない。

 こんなに早く助け船がやってくるとは思ってもいなかった。

 もっと早く準備しておけば良かったと、反省しても、もう遅い。

 動かないでじっとしている船は、こっちからの救難信号を待っているかのようにも伺えるが、そんな事は無い筈だ。

 暗闇での航行を嫌っているのか、それともたんなる休憩か、いずれどこかに向かって動き出すに決まっている。

 そうなる前に、なんとかしなければ。

 とりあえず、近くに転がっている流木やら枯れ木を、ありったけ焚火にぶちこんでやる。

 火勢がボワッと一瞬過激に広がったかと思ったら、次の瞬間にはシュンとなって、いつもの焚火に戻ってしまう。

 これでは、ひよっとしたら見張りなどいないで、皆して船内で寝ているかもしれない帆船へ、ここに人がいるぞと知らせるまでに、どれだけの枯れ木が必要なのか、普段からのいきあたりばったり生活が、こんなところであだになっている。

 どうせ発見されても、ここまでやってくるのは容易ではない。

 手漕ぎのボートでは、到底到達できない程の遠くに停泊していると見た。

 したがって、こちらの存在を確認できても、浅瀬や岩礁がゴロゴロしているこの海域で、あの帆船が動けるのは朝になってからとの結論に達した。

 なる程、動かない理由は見えたとして、明るくなるまで気付いてもらうための努力を惜しんではいけない。

 もし、気づいているなら、とっくにライトやカンテラで、盛大に発見の合図を送ってくれる。

 それまでは、火を絶やせないとなってくると、大きな火をたき続けるのは容易ではない。

 しかし、この機械半分合成樹脂半分の体ならば、疲れ知らずで動き回れる。

 秋の森から、枯れ落ちた草木をかき集めては焚火に放り込み、再び森に入って燃料を集める作業を繰り返す。

 大きな焚火は、夜の海をどこまでも朱色に照らして、排する煙は遥かなる宇宙にまで……既にここは宇宙だから、どう表現したらばよいか、遥かな天空にまでとでもしておこうか、とにかく、空高くまで白い煙が立ち上り、満月の明かりにくっきりと浮かび上がっている。

 ここまでやって気づかないなら、あいつら今世紀最高レベルのオマヌケだ。

 

 一晩中焚火をして、うっすら空が白んでくると、体の疲れが経験的に俺の感覚として表れてくれる。

 疲れるんだよ、機械のくせして、困った体だ。

 ぼやぼやしていると、明けきらない海岸でパタリと倒れてそのまま寝入ってしまった。

 どれ程寝たのか、陽は思ったより登っていない。

 おそらく一時間かそこらだと思うが、気づくと潮が満ちて、俺の顔にかかっている。

 危ない。うっかり溺れるところだった。

 慌てて起き上がると、沖にあった帆船がこっちに向かって半分ばかり進んでいる。

 風をその帆いっぱいにはらんで、勇ましく勢いのある船の、マストに掲げられた黒地に白い髑髏のマーク。

 海賊船?

 遊園地のアトラクションとはかけ離れ、恐ろしくリアルな物体がどんどん近づいてくる。

 正直な話、一度くらいは本物の海賊を見るのも良い経験であるような気がしないでもないが、今すぐ実現しなければならない事柄とも思えない。

 まかり間違って、一般の善良なる市民を処刑するのが趣味の海賊だったりしたら、安易な娯楽気分で大事な首をチョッキンされかねない。

 斬首されたからと、すぐにあの世の住人になる体でないのは分かっていても、機械のくせに疲れて気絶同然に寝てしまうのであれば、ひょっとしてもしなくても、切られる時には痛いのだろう。

 現に、薪を集めている時に、何度か木の枝で頭を打って痛い思いをしている。

 処刑や拷問となると、絶対にあの痛さ程度では済まされない。

 ちょっとした擦り傷では、じんわり血が滲んできた。

 リアルもここまでくると、機械の体であるのかないのか、いささか不安と恐怖とビビりが入り混じって、実に複雑な心境だ。

 などと、つまらない考えを巡らせている暇があるのだから、ここはひとまずさっと隠れて、洒落でやっている海賊か本気で勝負をかけている海賊か見極めるべきだ。

 森の奥へ入り込む前に、ちょっと入ってから柔らかい蔓草をちぎって体に巻き付け、大きめの葉っぱを蔓にからませてカモフラージュした。

 海岸が見渡せる程度の奥まで入ってから、手ごろな木を探して登り、座り心地のいい枝に陣を構える。

 まかり間違って見つかってしまった時の逃走用に、隣の樹からの蔦も準備した。

 なにはともあれ、遭難したらナイフと火の確保。高原へ物見に言った時、手ごろな黒曜石を拾って、海岸の石でナイフに仕立てておいたのが、こんなところで役に立った。

 木の上に隠れて船の動きを観察していると、帆を下げて錨を落とし、穏やかな海に一艘の手漕ぎ船が降ろされた。

 船に乗り込んでいるのは、後ろ手に縛られた大柄の男が一人と、刀や銃で武装したのが二人に漕ぎ手が四人で、大きな木箱も積まれている。

 風の力で進んできた船は思ったより早かったが、手漕ぎで島に向かってくる船は随分と進むのが遅い。

 上手い具合に樹に生っている、リンゴに似た実をとって食いながらの観察となった。

 三つ目に手を付けた頃、船は海岸に到着し、武装した二人が縛られた男を波打ち際から森の入口近くまで引き摺ってくる。

 残った四人も、森の入口から少し入った所に木箱を運ぶび、せっせと穴を掘り始めた。

 木箱を埋けるつもりか、それとも縛った男を処刑して埋める予定なのか。

 俺ならば、木箱は満潮時に海水が染み入るような海岸近くの森ではなく、もっと奥に穴を掘るだろうし、縛った奴を埋めるならば未来の死人に掘らせるのだが、どうもこいつらのやる事はチグハグで理解できない。

 そのうち、木箱は一米ほどの深さで妥協点に達したらしく、ポイッと蹴飛ばして穴に落すと上から砂をもる。

 はたから見たら、棺桶を埋めた後の墓に見えなくもない景観になった。

 そこへ、目印だろうが、流木で作った十字架をたてたから、そのまま死体が埋まっているようになってきた。

 考えてみれば、御宝を詰めた箱であったにしても、あんな風に仕立てられたら、腐敗した死体が埋まっているとしか見えない。

 誰も好き好んで掘り返さないだろうと予測できる。なかなかの隠し方だ。

 さて、残された縛られ人はこれからどうなるか、一息ついた六人が、処刑されるであろう縛られ人に向って、軽く頭を下げると、十字をきってからライフルの銃口を向ける。

 助けてやりたい気持がないではないが、ここで出て行っても俺が持っている武器といえそうなのは、黒曜石で作った石器時代のナイフが一丁だけだ。

 海賊六人相手に、とても勝てる出で立ちではない。

 ここはたいへん申し訳なく思いながらも、彼の処刑に木陰で立ち会い眺めているしかやれる事がない。

 手を合わせて「ごめんね」極ちいさな声で一言唱える。

 すると、「帰れ! 御前等嫌いだ。みんな島から出て行けー」頭の上の方から女の声がする。

 あまりにも不意の事に、半分腰を抜かした状態で見あげると、い小石を投げる構えだ。

 俺は迷彩していてみつかる心配はないが、少女の姿はしっかり海賊達から確認できる。

 ついでと言っては何だが、初対面の時と立ち位置はほぼ同じ状況で、しっかり、その難だ、何が俺から確認できて、困った現象に襲われている。

 少女に向けられた銃口から発射された銃弾が、身に着けた葉っぱを一枚吹き飛ばした。

 一瞬で困った現象は治まったが、今度は命の危機にチビリバビリプーしてしまった。

 銃撃に怒った少女、手に持った石を海賊目掛けて投げつける。

 そんなもので太刀打ちできる相手では無かろうに、ガキの考えは幼稚でデンジャラスだ。

 一投目の石が、ライフルを持った男の頭に当たる。と同時に、ボンッと大きな破裂音がして火煙に変わった。

 ただの石ッコロではないらしい。

 男の頭ばかりか、身体がバラバラと辺りに飛び散って、白い砂浜が赤く染まる。

 他の連中が、この攻撃に驚いたのは言うまでもない。

「鬼だー」「悪魔だー」「化け物だー」

 それぞれに思い浮かぶ最強の凶悪を叫びながら、船に駆け乘ると、一目散に逃げて行った。

「やるもんだなー」

 共通の敵とも言える族を追払った手腕に感心し、つい心を許して上に向って声を掛けたが、もうそこには誰もいない。

「おや、また消えちゃったよ。恥ずかしいなら見えない所に立てよ」

 独り言を唱えながら樹から降りると、縛られている大男がいる海岸に出てみた。

 見るも悍ましい光景が広がる中、大男は見かけによらず気が弱いとみえて、小便をチビッてへたりこんでいる。

「おい、大丈夫か?」

 虚弱な心臓を停めてもらっては厄介なので、小さな声で問診してみる。

「へっ、へっ、へへへへへ、へい」

 体に傷はないようだが、心に大きな痛手を負ったようだ。

 暫く近づくのはやめにして、縛ったままにしておいた方がよさそうだ。

 何をしでかしてこの島で処刑されようとしていたのかが分からん以上、迂闊に縄を解いでは、こっちの命が幾つあっても足りなくなる勘定ができる。

 俺の憩いの場だった海岸が血の海になってしまって、とてもここで寝る気にはなれない。

 ところが、このままにしておいては何れ好ましくない臭気が島全体に行き渡り、どこにいても健全なる生活を送れそうにない。

 どうしたものか、目の前の惨状では、なかなか考えがまとまらない。

「食っちまうか?」

 ビビリション便を垂れ流しているくせに、やけにブラックの利いた冗談を縛られ人がかましてくれる。

 この島から出られる見通しが立っていない今は、どっちが優位にあるめのか、ここではっきりさせておかなければならない。

 体格で言ったら、明らかに俺の負けだ。ここは言葉で何とか誤魔化すしかない。

 強気の発言で上下関係をはっきりさせておこう。

「てめえが撒いた種だろうが、穴は掘ってやるから、足で集めてその中に放り込めや。終わるまで飯はくわせねえぞ」

「水さえ飲ませてくれればいいよ、飯は一週間くらいなら食わなくてもいられる。あの船で奴隷解放運動やった時には、十日間水だけだった」

 いきなり気の毒な話になっている。

 しかし、ここで成行からこいつの話を鵜呑みにして縄を解き、うっかり寝首を掻かれてもつまらない。

 不幸中の幸いで、海賊が置き忘れて行ったスコップと刀にライフルを駆使して、森へちょっとだけ入った所に悪臭が噴き出さない程度の小穴を掘ってやる。

 縛られ人に死体の欠片を全部ぶちこんでもらってから、こんもり埋め戻した。

 そうしてから、縛られ人を、すぐ近くの樹に厳重に括り付けてから熟睡した。

 

 あくる日、目が覚めるや否や「おはようございます。朝食の仕度ができてますから、どうぞ」

 飛び起きて声の方に向くと、縛ってあったはずの大男が葉っぱで作ったエプロンをして、血のりが付いた刀を持っている。

 枕元に置いてあったライフルもない。

 完全に立場が逆転した以上に、生命の危機が現実味を帯びて目の前にうろついている。

「朝食の仕度って、主だった食材は昨日の海賊肉とかじゃないよね、だったら、これから俺の肉がメインになる予定とか言わないでよね」

 最悪の場合を想定して、ひとまず食われる災難から逃れるための交渉事を持ち掛けてみる。

「命の恩人に、そんな事しませんよ」

 現在、互いの立場は彼の感情が激変しない限り、同等か若干俺が弱い立場にありそうだ。

 素直に朝食なる物を頂きながら、奴隷解放運動なり、今日の食材について質問攻めして、油断したすきにライフルを奪い返す作戦でいこう。

 そうと決まれば、まだ朝も早すぎるくらいに明けきっていない。

「まだ眠い。もう少し、寝る」

 寝るや否や夢に出て来た食材は、昨日埋めた海賊の目玉や耳とか指なんかが入ったモツ煮定食……とてもではないが寝ている場合ではない。

 煮詰まるモツ煮込みの光景に、気が遠くなって寝ながら失神した。

 失神したまま考える。

 縛られ人は今や自由の身であり、その状態にそぐわない呼び名となっている。

 もし、このまま気が付かないで一生を終えるなら特に問題視する事柄ではないが、気付いたとして、あいつをなんと呼べばいいだろう。

 この問題を解決する間もなく、フッと目の前が明るくなると、無意識に起き上がる。

「君の名前、まだ聞いてなかったね」

「あー、それね。出門春風吹吾芳草廃道停目万晴聴鳥観落平遠古寺孤愁大空断寸心何忘非我欲物化悠然と申します」

「誰が……その名前」

「あー、親ではないようですねー」

 こう言う出門春風吹吾芳草廃道停目万晴聴鳥観落平遠古寺孤愁大空断寸心何忘非我欲物化悠然の足元に、ライフルが転がっている。

「出門春風吹吾芳草廃道停目万晴聴鳥観落平遠古寺孤愁大空断寸心何忘非我欲物化悠然くん、その長ったらしいのは何とかならないかな?」

 これからの良好なコミュニケーション構築のため、足元のライフルを拾って自分の小脇にかかえてから、名前の変更を提案してみる。

「どうにかしたいとは思いますがね、どうしたものか」

 こう言うと、出門春風吹吾芳草廃道停目万晴聴鳥観落平遠古寺孤愁大空断寸心何忘非我欲物化悠然は、持っていた刀を自分の横にポイ投げして座り込む。

 この刀をそっと拾い「今日は何曜日だったかな」と聞いてみる。

「たしか金曜か土曜か日曜だったかと思いますがね」

「じゃあ、金土日曜ってのはどうだ」

「どこかで聞いた事があるし、なんかの法律にひっかかりそうだから、それはちょっとね」

 すっかり主導権を握り返せたので、ここは少し強い口調に変えて言って見よう。

「フライデー・サンデー・キング・マガジン」てのはどうだ。

「なんか、危ないっつうか、消えてしまいそうな名だなー」

 なかなか決りの悪い愚図野郎だ。適当な所で妥協しておけ。

「じゃあ、水月でどうだ。なかなか風情があるだろ」

「ん、いいね、その月餅でいいですよ」

「月餅じゃねえよ。すいげつだよ、水曜と月曜の水月」

 

 水月は船で奴隷解放運動をやったくらいだから色々と知識があって、特に孤島での生活とか、絵画列島に関しての情報に精通していた。

 おまけに、奴隷生活が長かったせいか動いていないと落ち着かないらしく、今は自由の身だというのに、俺と正反対に朝早くから夜遅くまで、あれこれ夢中になってやってくれる。

 そんなんだから、怪我をしたり体調を崩すのはしょっちゅうで、その度に俺が治療してやる。

 共同生活の中では、相手を労わるのは当然と思っている俺としては当たり前にしている事が、水月には感謝に値する事らしく、何時もゝ懲りずに有難うを連発する。

 夜になると、焚き火の向こうとこっちで絵画列島と現実世界の違いについて二人で話して笑う。


 穏やかな日が一月ばかり過ぎたある日、夜中に寝返りをしてボンヤリやっていると、遠くから女の声が聞こえる。

 元はと言えば、元気で若い体に成って、あっちもこっちもおさまりが付かなくなっていたのを、シュンとさせるべく乗り込んできた絵画列島だが、目的達成に一番の近道とも思えた石城には行けずじまいで、あっという間に一ヶ月が過ぎていた。

 やりたいばかりの一心で、女人が幻聴幻覚になって表れて来ても、何ら不思議ではない。

 魔性のやりたい君に憑りつかれたのではない事を願いながら、松明を持って森の中程まで進むと、茶色でブカブカのベレー帽を被った小柄で丸顔の女が現れた。

 来たばかりの頃は枯葉散る秋の景色だったのが、もうすぐ冬になりそうに寂しい。

 そんな森の中に、いきなり画家を気取った女がカンバスを構えて待っているのは、いかにも不自然だ。

 やはり、そろそろ隣の春間近の冬か、秋前の夏地域に移動した方が良さそうだ。

「なにボーっと突っ立ってるの。早く脱いで。モデル料は先払いしてるでしょ」

 深く被ったベレー帽の奥から、クリッとした大きな目が俺を睨み付ける。

「聞いて無いよ、金なんかもらってないし」

 正直に本当の事を言って通じる相手とは思えないが、取り敢えず抵抗する口ぶりで衣服を脱いでやる。

 以前の体型だったら迷わず拒絶するのだが、今の身体はいたって健康的且つ魅力的に作られている。

 誰に見せてもはずかしくないものだ。しっかり見ろ。

「んー、良い体してるわね。ちょっと触って良いかしら?」

 嬉し恥ずかしい事に、期待どうりの行動に出てくれる。

 これはもしかして、この世界に来てから初めてのニャンニャンになるのではなかろうか。

 期待にあっちこっち膨らませると「あらあら、こんなになっちゃって、ちょっと待っててね、すぐにスケッチするから」

 そんなつもりでこうなったのではない。

 言ってやろうかと思ったが、いかんせん一仕事終わった後の彼女がどう出てくるか、夢と希望に満ち溢れてドゥッグンドゥッグンが始まっている。

「凄い、こんなの初めて見たわ」

 しきりに感心するばかりで、いっこうに絵筆は進まない。

「早く書いてくれよ」

「えっ? あっ! ごめんなさい、こうかしら」

 絵筆を置くといきなり伸ばして握ってきたかと思ったら、その手をゆっくり前後させて気分を盛り上げ始めた。

「いや、その掻くじゃないよ、スケッチだよ」

 このまま行く所まで行ってしまっても良いが、何やら俺の裸体に用事があるらしいから、先にそいつを片付けるように促してやる。

「あっ、そうでした。すいません」

 彼女の心持に急劇な変化が生じているのは、その動向を見ていれば一目瞭然だ。

 こうなってしまえば、いかに強気だった女でも、あとは思いのまま行ったり来たりで夢心地、慌てる事はない。

 俺が下手に焦って行ってしぼんでしまっては、彼女の性格からして、満足できずに当たり散らしてくれるに違いない。

 一時のツコパコ如きで要らぬ大怪我を負っては、久し振りの何を仕出かせたにしても、たいして嬉しい結果ではなくなってしまう。

 左利きなのか、スケッチを左手で続けながら、藍色の長いワンピースの裾を端折って、そこからスルッと奥に差し入れた右の手が、見えない所で自分を労わっているのか慰めているのか。

 手の動きはゆったりしているようで、表情はうっとりした風ではあるが、このまま絶頂まで達するつもりは無さそうだ。

 次第に広がって行く両の素足が、恐ろしい程に白くて眩しい。

 何とも言えない高ぶりが俺の先の方へ強い脈を運ぶと、どうしても放っておけなくなってきた。

「こんな格好はどうだろうか」

 左手を腰に当て、右手で固くなっているものを強くにぎり絞めてみる。

「ああっ、良いわ。良いわね」

 発せられる言葉は幾分上ずって、更には吐息が混じったようにも聞こえる。

 スケッチの手がより一層早くなると同時に、両足の間で蠢かせていた右の手も動きを早める。

 さっきまでの表情とは変わって、はっきりと快感にひたっているのが分かるようで、口は少し開いたままになり、小さな喘ぎ声で濡れた唇を震わせている。

 それを眺めながら、俺は握った手をゆっくりと前後させてやる。

 すると彼女は、この動きに刺激され、連動するように右手を同じく前後させる。

 こっちが動きを早めるとあっちも早く、ゆったりになると大きな動きで全体を擦る様にゆっくりと動かす。

 二人してこのまま果ててしまいそうになって、漸く彼女の方から俺に寄ってきた。

「早く……」

 こう唱えると、潔い程に素早く衣服を脱ぎすてた彼女もまた、俺と同じに素の姿になった。

 膝をついて両の手でいきり立っているのを握ると、さっきまで小刻みに震えていた唇が、先の方で舌と一緒になってクルリスルリと始める。

 よほど我慢がながかったのだろう、これをほんの一時だけで済ませると、立っている俺にしがみ付いて片方の足を腰に絡ませてくる。

 背伸びをしても、そのままでは届かないので、俺が腰を落として潤んだ彼女と一緒になった。

 体感としての快楽と精神的経験としての交わりが、このまま昇天してもおかしくない感情となって、カプセルにつまった精神エネルギーへと流れ込んで来る。

 交わりを保ったまま彼女を抱え、二人が脱ぎ捨てた衣服の上へ横になると、しがみ付いていた腕が、背中と激しく動く俺の腰へと回された。

 このまますぐに果てるかと思えたが、続ければ幾度となく登り詰め、果て無き饗宴に二人で酔いしれた。

「ハーッ! あっあっあっあー!」

「んー、おっ、あー」

 何度も何度も行ったり来たりを繰り返していると、いつしか松明の火は絶えて、月もない暗闇になった。

 それでも終えずに更なる激しさで交わり続けていると、夜は白々と明けて来た。

 さすがにこの頃になると、機械の体が、らしからぬ疲れた感をもたげてきた。

 彼女の中に入ったまま、スーッと意識が消えていく。

 気付いた時には彼女の姿はもうない。

 一枚の、一物だけ拡大スケッチが残されているだけだ。

 聞いた事も無い鳥がさえずる中、森から一旦、枯れ草色の草原に出て大きく息を吸い込むと、随分と朝の空気が冷たく感じ取れる。

 もと来た道をのんびり引き返す。

 ひょっとしたら、途中でベレー帽女に出くわすかとも考えたが、まったくそんな気配はない。

 しかし、あの女は何者だったのだろうか。

 またどこかで遇えるだろうか、えらく具合が良かった。

 あれはもしかして、この体にした影響で感覚が鋭くなっていたから得られた感覚なのかもしれない。

 この仮説を証明するには比較対象するしかないが、他に目ぼしい相手がいない。

 確かに、女は他にも赤い腰巻の少女が居たが、危険な石ッコロを玩具にする危なっかしい奴である上に、子供とまではいかないにしても、まだ見掛けが若すぎるようだ。

 あの物騒な少女によって生きながらえている水月の御かげで、俺もこの島で随分と落な思いをさせてもらっている。

 今では、垣根代わりに埋けた木の枝から芽が出て根が出て、しっかりと生垣になろうとしている光景まで見られる家が建っている。

 そろそろ引っ越し頃とは思っているが、あの立派な家を捨てて次へ移動するというのも、何だか心残りだ。
「そろそろ別の所に引っ越そうと思っているんだが、どうしたものかなー」

 特に苦労して家を作ったのは水月だ。正直に転居について今の状況を言ってみる。
 最近では何でも正直に話し合える間柄になってきた。

「その事だけど、狭い島だし、帰りたかったらいつでも帰って来られるからね。そろそろ移動しても良い頃だと思っていたんだ。それをチョイと話したらね、あの娘が住みたいってよ。家がないんだそうだ」

 指差す先には、樹の天辺で赤い腰巻をちらちらさせた少女が見える。

「いつ話したの、あいつは危ないやつで怖いから近寄らないって言ってたの、御前さんだよね」

「それを言われるとみもふたもない。つい出来心で、その何が何だか手持無沙汰だったもので、ちょっとだけお願いしてみたら、その……」

 船から降りて島で暮らすようになってからは、ずっと外仕事ばかりしていた彼の顔はすっかり日焼けで黒く、二三秒の間を空けて股間を指さすし、白い歯がはっきり浮き出る笑い方で、大凡あの少女との顛末について、皆まで説明されたくない気持ちになってきた。

 淫行とはこいつが仕出かした、この刹那の有り様そのものを形容した言葉であるに違いない。
 あどけなくもあり妖艶でもあり、はては恐ろしい石つぶて爆弾を操る妖怪変化とも思える少女を、こいつはいつの間にか自分の身方につけて、大変良い気持ちの思いまでしていた。

 両者の縁が、見えない赤い糸で結ばれていたなどとは言いたくない。

 それより以前に、なんで見えない糸が赤いのか、その説明さえない世界感は、疑いこそすれ信心の対象ではあり得ない。

 あいつらの動向が、かくのごとく一般社会では否定的に見られるにも関わらず、この世界では何でも有りで、俺の精神は実に微妙な所でぐらついている。

 今、素直に引っ越したなら、この家はあいつと赤腰巻少女の二人が、イングリモングリ厭らしい事の限りを尽くす場所となるに違いない。

 そんなこんなの一人だけ良い思いは、羨ましいばかりで祝福する気になれない。

「そのうちに引っ越しの話が出てくると思いまして、両隣の地域には新居を建ててあります。どちらでも御好きな方に住まわれてはどうでしょうか」

 なんと準備怠りない事か、数か月の間に、こことは別に二件の家を建てながら、あっちも立てっぱなしの馬鹿野郎でいたとは、並々ならぬ体力を有している。

 ある意味、こいつもしっかり妖怪の部類に仕分けしても良いような生態をしているではないか。

 背丈はモデルとまではいかないが、それに近い程度に伸び、筋骨隆々、肌は見事に健康的な褐色になっている。

 そこそこ勉学もできるし、社会一般の常識やマナーもわきまえているとなれば、どこへ出て行っても女がほおっておかない。

 それが、何の因果かこんな世界に閉じこめられていたばかりに、今のいままであんな事のなんだかんだを経験していなかったと言うわりには、やる事が跳びぬけている。

 せっかく作ってくれた家を、ぶっきらぼうに要らないと答えたのでは、俺がこいつに何等かの嫉妬心を抱き、劣等感を漲らせているてと錯覚されてしまいかねない。

 ここはとりあえずでも、いったんは新居に移動して、それからこの先について考えた方が未来将来のためになりそうだ。

「そうだなー、これから春になるってところの方が良いかな。食い物の事は少々不安があるけど、蓄えを持っていけば、そんなに不自由しないだろう」

「なーに、大丈夫ですよ。あっちには絵描きの御嬢さんがいますんで、俺が必要な物は届けますし、御世話は彼女が見てくれますよ」

 随分が過ぎる手回しの良さ、ついでと言うには大きなおまけとして絵描きの姉ちゃんとは驚ける。

「これから秋の地域だったら、俺はどうなってたのかな」

 ちょいと興味本位で別を選択した時の結果についても聞いてみた。

「あっちは完全に自力ですわ。なんてったって、一度経験している季節回りですからね。先生だって助けは鬱陶しいばかりでしょう」

 そんな事はないが、ここで正直な答えを告げると、いつになっても自活できない根性無しと思われて、きっぱりすっきり捨てられてしまうかもしれない。

「そうだねー、あんまり面倒みられ過ぎても、なんだか息苦しい感じがするよね」

 心にもない事を言ってしまった。

 こうして俺と水月は連絡を取り合いながらも、別の家に住む事となった。

 ここに飛ばされてから半年近く、いつも近くでサポートしてくれていた人間がいなくなるのは寂しい気がしないでもない。

 ただ、いつまでもあいつを頼り切った生活をしている訳にもいかないとも思っていた。

 そこで、今回幸いにも絵描きのお姉ちゃんが一緒に住んでくれるらしいので、あっちもこっちも色々と面倒みてもらって御世話になる気たっぷりで、そろそろ春になるであろう地域に来てみたが、まだ雪が残っていていささか寒さが期待を上回っている。


 寒いって言ってるのに、暖炉の前で今日もモデルにされている。

 どうしてこの娘は、裸の男を描くのが好きなのか。

 あんな事やこんな事が好きならば、何も描かなくともどうにかなれそうなものだが、描いて行く事で自分の感情を高ぶらせているらしく、最後まで描き終える事は滅多にない。

 あったにしても、それは事を終えた後の余韻に浸りながらで、うっとりゆったりした筆使いで仕上げている。

 そろそろ彼女の気分があっちの方に傾き始めたであろう頃、タイミング悪く水月と赤腰巻が訪ねてきた。

 数少ない御近所さんで、これから良い所だから帰ってくれとも言えない。

「何しに来たの。これからなにだったんだけど」

 決して上機嫌ではないが、ごく普通に二人の宅内侵入を許可してやる。

「いやね、良い酒ができたもんで、一緒にどうかと思って」

 そう言われてみれば、ここにきてから飲んでいる酒は、海賊船だか難破船からの御恵みとして流れ着いてくる樽入りのラム酒しかなかった。

「自分で作ったのか? 酒って、何で作ったんだよ」

「秋に採って貯めた果物だよ。猿酒って言うんだ。放っておくだけだから誰でも作れるんだ」

 度数は高くないが甘くてフルーツの香りが心地よく、ついつい飲み過ぎてしまう。

 絵描きと赤腰巻は正面にてゴロンゴロンと酔っているし、それを見ている我等もまた視点が合わずにフラフラしている。

 原住民と新住民が互いに笑い飛ばし、もう支離滅裂だ。

 小便だと言って家から飛び出した水月が、前の雑木林まで行ってこっちを振り向く。

「虹ー!」と大声で叫ぶなり、陽の光りに向かって勢いよく放尿すると、アーチ型になった尿しぶきから本当に虹が浮かび上がった。


  ――――――  ――――――  ――――――


 貯水池で久蔵と一緒になって小舟を浮かばせている。
 池の畔では相方と俺が合体してしまってからすっかりご無沙汰だった水月と、同じ境遇の絵描きがこっちの目線を気にせず、淫乱な慰め合いに走っている。

 小さな池では真ん中まで船を運んでも、二人の声が聞こえてくる。

 歓喜にあえぐ叫びにも似た声は、この世のものとは思えぬ勢いで島中に響き渡っているのだから、どこへ行っても同じだ。

 合体して初めて両性具有となった日、久蔵に今の状況を聞いたらば、転送されたのは無人島ではなく、実は石城の中だったとの事であった。

 何ら事情を知らない者が突然石城に入れられても、しばらくは城での生活があって、そこから徐々に周囲が変化していくのが通例で、じっくり変化していくうちに、その変化に気づかず、のめり込んで行くのが石城の世界なのだそうだ。

 ところが、俺の場合は事前に読んだ本によって、あらかた石城に関する知識を持っていたものだから、その時その場で抱いていた願望の世界に、石城の中を一瞬で変えてしまっていた。

 このからくりに気づいても知らされても、欲求の高ぶりが収まらなければ、この状況も体も元の正常な世界に変える事はできない。

 このままここで一生を終えてしまうのは、嬉しいようでありまた辛いようでもある。

 この無人島だか欲望島だか、そのものが石城と俺の願望によって創られた。

 エロだらけ世界から絵画列島に、そして千葉県型宇宙船へと、できれば自由にあっちこっち出入りしたいのだが……。

 そもそも、エロ狼が作り出した絵画列島の中に、これまた異次元を再現する石城のような建物を作ってしまって、なんら異変は起きないものなのだろうか。

 宇宙空間では、予見できない事が当たり前に起こっていると聞いた。

 そんな所に飛び出しているのに、緊張感は微塵もない連中ばかりが、ひがな一日絵画列島でバケーション塗れになっていた。

 それだけでも生産性の無い暮らしと思っていたのに、この欲望島にいたっては、かの列島が怠惰を数百倍上回っている。

 あの本に書かれていた牧保が、首をくくって自殺したという事態も納得のいくところだ。

 どうにかしてこの状態から抜け出し、石城でのちよっとだけ助兵衛な生活として、絵画列島の生活もエンジョイしたいものだ。

 さもなくば、牧保の二の舞が目に見えてくる。

 第一番の問題は、何故に俺を石城へ無理やり放り込んだのかだが、どうやら随分と前、病院に隔離保護された時に、絵画列島の刑務所へ送った、俺に対する刺客が脱走したとの報告があったかららしい。

 保護してくれるのは有難いが、もっと別の所へとの考えは浮かばなかったのか、他人に対する行動に思いやりが欠けている。

「なんで石城に放り込んで保護になるの?」

 かえって危ない地域に迷い込んでいる気がしてならない。ここははっきりさせておくべきだ。

「それね、ここはさ、先生の思い通りになる世界だから、刺客が入り込んでも退治できるんだよ。島に来てから、ちょっとして現れた海賊な、あれ、脱走した連中だから。追っ払えただろ」

 言われてみれば、納得せざるを得ない回答だ。

 そんなこんなは、俺が欲望に負けないしっかりした自立精神を確立すれば全て解決する事らしいが、それこそ、最も苦手としている分野だ。

 しばらくはどうする事も出来ないと悟った。


 辺りが夕日で真っ赤に染まる頃、船を岸につけ、「どうだろう、先生を殺そうとしている奴らを、こっちから出向いて行って退治しちまうってのは」

 たとえ相手が強力な軍隊でも、ここは俺が自由に支配できる世界、負ける筈がない。

「先生がその気になったら、さぞ強いだろう。絶対に勝てるから、何の心配もいらないぞ」

 この会話を、岸で待っていた二人も聞いていた。

「それならもっと兵隊を集めよう」

 この世界で、もっと兵隊を集めるという事がどんな事態を招くか、まんざら予想できない訳でもないが、枯れ木も山の賑わい、烏合の衆でもいないよりはいいだろうと思える。


 千葉型宇宙船に乗り込んだ者は何人か、正確な人数は分からない。

 人数と言って良いのかどうか、妖怪化け物から精神だけの人格やら、ロボットにアンドロイド、終いには幽霊まで紛れ込んでいる。

 こんな状況で数えるのは馬鹿らしい。

 どうでも良い人口密度だが、事この島に限って言えば、何人いてどの程度の密度かをある程度把握できる。

 だが、なんだかさっきから背筋がうっすら冷たくなってきている。

 これはどういつた現象か、よくよく考えなくとも、きっと知り合いの幽霊共が、隠れて悪戯をしようとしている先ぶれである事くらい、いかに能天気になっている私でも察しがつく。

 ただ、ここで霊に出て来られたとて、好ましからざるものではないのが分かっている以上、特別驚いて見せる必要もない。

 まんざら知らない仲でもないし、一緒にちゃかぽこやっても良いと、ここにいる全員が思っているのに、何故だかさっきからうろちょろ、出たいのに出てこられないという風にしている。

「夏目? 若旦那? 獣医? 皆揃ってるのか? さっさと出てきて、一緒にやろう。だれも怖がったり嫌ったりしていないからー」

 幽霊に対して、人間から呼び出しをかけるのは滅多にない事だろうが、彼等にすればこんな場面で願っている第一番の状態に思える。

 宴の騒ぎに少しの間があくと、「出たいのですけどー、出られないのであります」と、夏目らしき者が煙になってぼわぼわする。

「だめだー、がんばっちゃてるんだけどよー、形になんねえのさー」これまた獣医らしき煙が揺らめきながら答える。

「化け出たくても、出られません」控え目に若旦那らしき煙が、焚火にあたっている。

「だろうなー、ここは霊力が入り乱れてるからな」横で祝い酒をグビグビとやっていた久蔵が、その手を止めて天空を見上げる。

 言われて思い出した。

 石城の石材は、世界中の墓地から盗み集めた墓石だった。

 いくら霊力の強い彼等でも、多勢に無勢といったところか、しっかり石城の力で封じ込められているようだ。

「彼等を生身の体にしてやってくれー」

 俺の願いを全てかなえてくれる石城ならば、これくらいの芸当は簡単な筈だ。

「たやすい御用、承知した」

 遥か天空のそのまたもっと高みから、低く台地を揺らす程の声がすると、もやもやしていた煙からポッと三人が現れ庭先に落ちた。

「痛ってー」三人が挙って落ちた時に打った尻を撫でる。

「痛いですねー。久しぶりの感覚ですねー」

 痛がりながらも久しく無かった生身の感覚に、夏目が嬉しそうな表情に変わっていく。

「先生、痛いですよ。本当に痛い。分かりますか、痛いんですよ」

 俺の手を取って、小躍りにはしゃぐのは若旦那である。

「何故、私を先生と?」

 三幽霊には、俺がうっかりした拍子に、水月の相方だった少女姿になってから初めて会っている。

 そう簡単に正体が知れるとも思えない。

 少女の容姿をしているこの手を取って、先生と呼べるその理由が知りたい。

「なに言っちゃってんだよ。しっかりヤブ先生様じゃねえの」獣医が勢いよく私の背中をたたく。

 一連の会話を聞いていた周りの者達が、唖然としてこっちを見ている。

 事情を知っている元釜美女軍団でさえ、少女の姿にしか見えないのを先生とは呼び難いようで、せんちゃんとあだ名されたのだ。

「どうやら霊達が織りなす虚構の世界にあって、我等幽霊はその力が中和され、現実と幻の両世界を感じ取れるようですな」

 幽霊大先輩の夏目が、自分達の置かれた立場を冷静に分析して聞かせてくれる。

「なある程、それなら納得だな、このみょうちくりんな状況は」

 獣医が囲炉裏で焼かれた魚を取って一口食う。

「なにー、幽霊がこの世の物を食った!」

「私達の願いも、ちょいとばかりなら受付中のようですね」

 死んでからろくでもないものしか食っていなかったのか食えていなかったのか、若旦那も嬉しそうに林檎に似た実をかじった。

 ここは霊の力によって作られているものなので、似通っている幽霊達には都合が良いらしい。

 ただ知らない者たちが集まっているだけの場所とは違って、知らなくとも知っている霊達の一体感とでもすべきか、妙な雰囲気が島中に漂って来た。

 百年ぶりに酒を飲んで酔った夏目が振り珍踊りを始めると、若旦那と獣医も追随する。

「先生もおやりなさいよ」

 夏目と若旦那が、座っていた俺の手を引いて立ち上がらせた。

 こいつらには以前の姿に見えているのだろうから、こうするのは自然の流れともとれるが、この場の生きている人間には、この姿が少女に見えている筈だ。

 ただ、そんな身成でも、ついているには違いないものがあるから、振れと言われれば振れない体質でもない。

「どうしても? 振らなきゃ……だめ?」

「そりゃそうでしょ、みんな楽しくやってるんだから、場の雰囲気を大切にしようよ」

 獣医がこう言いながら寄ってくると、俺の着物を一気に剥ぎ取って、腰を揺さぶる。

 すると、ちいさくまとまっていたのが、幾分膨らんで重くなった。

 これをプラプラとやったものだから、軍団から拍手喝采をうける。

 調子にのってしまうのは悪い癖で、そのままの勢いで一人一人の眼前まで出張してこれをやってやる。

 皆がちょいと突いたりスルッと擦ったりとチョッカイを出す中、一巡したらすっかり大きくなってしまった。

「どうしてくれるんだよ、こんなにしちまって」

 ん……長い間忘れていた男としての感覚が全身に蘇ってくる。


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