途中の途中

          画像著作者 ulyankina


 硬い実の落下攻撃をものともせず、勢いつけてヤシ並木を通り過ぎると、開けた熱帯の花園に出る。

 用意されていた部屋は、この庭を見られるようになっていた。

 テラスに出ると、大きな葡萄の蔓が沢山の房をつけている。

 この他にも、キュウイ・パパイヤ・マンゴーが見事な実りで、これを目当てに、掌に乗る程のちいさな猿が、数匹集まってきている。

 テラスに設えた白いテーブルでは、両手で持った葡萄の実を、行儀よく座ってリスが頬張っている。

 一枚ガラスのサッシを開け、テーブルに合わせて置かれた椅子に腰を下ろす。

 すると、猿とリスが寄って来て、テーブルの上から俺の顔を不思議そうに見上げる。

「お前、どこから来たんだ。この辺じゃ見かけない顔だな」

 中でも飛び切り悪党面のリスが、貧乏ゆすりをしながら問いかけてくる。

 どこから来たのかと聞かれても、ここがどこか分からないのでは、出発した島の所在地を教える術がない。

 そんな事より、しゃべるリスに遭ったのは初めてで、本当にこいつが話しているのかどうか、そっちの方が重大な疑問に思える。

「話せるのか……」

「当たり前だろ。話さねえリスがこの世に居るのかよ。御前、なんだか危ねえみてえだな」

 少なくとも、これまでは話すリスに出会ったと誰かに言ったら、その場で取り押さえられてしまう世界に暮らしていた。

 そんな世の中でも、常識と疎遠に暮らしていた結果として、随分と並外れた経験にも慣れて来ているが、また一つ、いけない現象を受け入れなければならない時が来たようだ。

 部屋に入るまでは、むっくり元気にしていた奴も、この新常識に馴染もうとしているのか、すっかり縮こまってしまった。

「ねえー、リスがしゃべっているんだけど、これって、ここら辺の常識としてインプットしちゃって良いのかな?」

 奥でこそこそやっている彼女は、この質問に答える気がないらしい。


 俺が外でぼんやりしている間に、白地に満開の桜を染め抜いた、艶やかな振袖に着かえた御姉さんが、黙って俺の手を引き部屋の中へ招く。

 奥には六畳ばかりの畳間が一段高く作られていて、三方が障子で仕切られた真ん中に、錦の毬が刺繍された布団が敷かれてある。

 一方は無地の壁で、酒池肉林と書かれた掛け軸の下がった床の間には、平たくて大きな花器があり、赤と白の椿に、赤いの黄色いの緑色のと、三色の烏瓜を絡ませ活けてある。

 一段上がって畳の間に座ると、御姉さんが開いていた障子を閉める。

 南国の眩しい光が、和紙を透して優しい表情に変わる。

 御姉さんが一旦正座してから斜に身構え、床の間の柱にもたれてこっちを見る。

 その目は何かを欲しているようで、夢現の中にあって、既に感情だけが陶酔の域に至っているようでもある。

 視点の合わない目で俺を見たまま、彼女は右の手を合わさった襟の中に差し込む。

 乳房の上でゆっくり動かすと、閉じていた唇を小さく開け、はーはーと息遣いを荒くする。

 右手の仕業を受け入れ乍ら、折っていた足を徐々に伸ばすと、揃えていた両の足が、くの字になって裾から細い足首がスーと現れる。

 二本を揃えていた着物の裾を、左の手で膝まで引き上げ、細い指先が滑るように内腿の間に入って行く。

「今日は、この世界で初めての御正月ですの、特別バージョンでお送りしてますの」と、床の間の奥にある丸窓を開けると、向こうには雪景色が広がっている。

「裏手は真冬かよ」

 還暦とか言う喜ばしからざる御年頃に近くなって、わびさびの何たるかを理解しかけていたが、この世は全て派手な幻影の内に過ぎ去って行くものと、生きる事の解釈を大幅に書き変えなければならない事態に陥っている。

「今日は、先生の他にも御客様がいらっしゃいますの。暑いのが苦手だとかで、あちらから御出でになりますの」

 こうしておいて御姉さんは、やがてやって来るであろう客人の事を言った側から忘れている。

 潤んだ目で、豊麗な誘いをかけてきた。

 やがて解き放たれた裾の奥で、忙しなく動いていた指先が、活けて有った烏瓜を一つ取り、裾の奥に戻って行くと、露わになった自分の中に入れ出す動きを始めた。

 身体をくねらせる彼女の眼は、次第に視点が合わなくなって、小さく開いた口からは深く荒い息と一緒に、押し殺したような喘ぎ声が零れ出てくる。

 老体と称されるに限りなく近い年齢となっても、ここまでやられては素直にいただきますとするのが潔い。

「我慢できまっせん」

 素早く服を脱ぎ捨て、いざ優美な旋律の旅路へと突入準備万端、つかつか彼女に寄って行く。

「急いてはなりません。まずは、先生も私と同じに、御自分で御体の意思を確認してくださいませ」

「御自分でって……こうか」

 言われるまま自分で握ると、彼女の目前でゆっくりと右手を前後させてみる。

「そうですわ、その調子で、今しばらく楽しみましょう」

 既に、その気になってから一二時間が過ぎている。

 膚触のままに任せていては、いずれ目的の地に辿り着けないまま、爆発炎上して果ててしまいかねない。

「意地悪だなー」

 どんな言葉も無意味になっているのか、彼女の息遣いは婀娜で荒く、つられて俺まで過呼吸のように肺の活動を活発にして数分が過ぎる。

 自身を激しく愛撫する御姉さんは、花刺繍の布団と着物の花に埋もれ、次第にみだりがわしく、女性に特徴的な総てをあらわに曝け出す。

 この姿を見て、吾右手は彼女の帯を解くのに使った方が、より早く目的達成できると思うに至り、脱衣の助成に貸し出してみる。

「見ているだけじゃ、何も解決しない。このまま屋外写生なんて御免だ」

 何を言っているのか、言い訳じみた言葉を吐きながら、高鳴る鼓動を抑えきれない自分がいる。

 俺の手から離れて寂しくしているのを、彼女が両の手で支え、しとった唇をあてると、そこから出した物先が、緊張しているのをやんわり撫でてから含み込む。

 こうしていると、御姉さんからは何時も桃の臭いがしてくる。

 俺は香りの基になっている方に頭をやり、付き出した舌先を、潤った桃色の花弁に沿って這わす。

 桃の果汁が一層その香を高め、止めどなく溢れ出て来ると、舌先を更にすゝめ、前に現れ出ている小さな突起に押し当てて小刻みに動かしてやる。

 かすれた息が「はあー、はー」と、言葉にならずに何度も彼女の口から漏れ出てくる。

 桃の真ん中に指を指し込み内壁を擽り乍ら、突起での動きを更に早めると、御姉さんの声は絶頂に達し、含んでいた俺のを、添えていた手で強く握りしめる。

 そうして「あー! いっくー」

 歓喜すると同時に両足が小刻みに震え、一度だけ体をスッと反らしてから静かに落ちた。

 数秒間だろう、消えた意識を戻すと、足頭の向きを反転し、手に握っていた俺を、そのまま自分の領域に招き入れる。

 彼女に握られ、グイッと下に押し下げられると、皮を一枚するりと捲る感覚が自分の先に沸き起こる。

 その後、彼女の中に入り「もっと強く、もっと奥へ」と言われ、グイッと動きを大きくした先の方で、今度は薄い膜を切り開き、その淵が自分の先からくびれへと移動して行くのを感じる。

 子供の頃から感じていた事で、「あーっ、これだよ。御姉さん、いつも感じるの、どうしてなんだろう」

 彼女の中で時間をかけて前後しながら、今まで不思議に思っていた感情の高ぶりや、先に起こっている感覚を、声に出してみる。

「私は、毎回、初めての経験をするの、お相手の方も同じに、初めてを何度でも体感できますの。御嬢様の特技が絶妙な快楽を生み出す中の動きのように、私の特技は、体感と感情で初めての感激を再現しますの」

「何度でも初体験って?」

「そうですの」

 それにしては、気持ち良いと言った表情になっている御姉さん。

 こっちも同罪だから許してやるとするか。

「あーっ!」俺が発する声と同時に「あーっ! あっ! あっ!」彼女が再び頂点に達し、体を大きくのけぞらせ、ビクンビクンと布団の上で弾ける。

「御嬢様がー、いらっしゃいますー!」

 もっと艶っぽい言葉が発せられるとの予想に反し、「あっー!」と同じ発声法で、極めて事務的な伝達事項が耳奥に染み入ってくる。

「美津子さんまで来るのか?」

「いいえー、今の御嬢様は先生の娘さんの事ですのー、あーっ! 美津子様はー、奥様と御呼びしていますのー。うっ! あっー!」

 こう言い終わるなり、壁の向こうで木戸を開ける音がする。

 声をかけるでもなく、いきなりスタスタと廊下を歩いているかと思ったら、小さな扉を二三度、パタリパタンと開け閉めする。

 おそらく冷蔵庫の中を覗いていたのだろう、音のする所は台所に接している壁と思われる。

 美津子さんと俺の間に出来た子供とされている人物ならば、歳はそれなりに行っているが、見かけはまだ子供と言ったチグハグな人間らしき生物だ。

 体形と同じで脳の発達や行動に精神年齢も、見た目どうりに子供なのだろう事が予想される。

 外で散々遊びまわり腹減らしで家に帰ってくれば、第一番の目的地は冷蔵庫に収まるエネルギー源に他ないのは、どんな子供も同じだ。

 冷蔵庫の無い家庭では、この限りでないが、しかし、この島に来てから、電線を一本も見かけていない。それより、電気がある事に驚ける。


 この音から数十秒は静かだった。

 突然、部屋の障子を開ける者がある。

 まさか何の断りもなく、部屋に小娘が乱入して来るとは思いもしていなかった。

 衣服は脱ぎっぱなしで、布団は乱れたままの上に、「御嬢様がいらっしゃいます」と言った張本人は、気持ち良さそうに夢の中。

 誰かと一緒に踊っているようで、焦った俺が、どんなに揺すっても一向に起き出す気配がない。

 諦めて、寝たままでもいいから、両手で持った御姉さんの顔を小娘の方へ向けて見る。

 開け放たれた障子の前には、ひいき目で見ても十か十一になったばかりにしか見えない少女が、緑色の晴着姿で立っている。

 綺麗に結い上げた髪にかんざしがキラキラして、手に持ったソフトクリームがとても美味そうだ。

 親父が足繁く通っていたぼったくりバーで、俺が子供の頃、着せ替え人形をやらされていた時と同じ格好の子は、大きく見開いた右の瞳が青くて、左は金色に光っている。  

 誰がどう勘ぐっても美津子さんに似たのは確かな事実で、じっとこちらを見たまま、妙に艶めかしい雰囲気を漂わせている。

 ぼったくりバーでは、オーナーママの美津子さんと初めての経験をして、入りびたりになった。

 店のお嬢さん達や、目の前にいるお姉さんを相手に、大人の勉強と御奉仕の日々は、今思うに人世のピークだったのかもしれない。

 終いには、美津子さんが俺の子を身籠ったと冗談吹いて、出産後はしっかり子守までやらされていた。

「御嬢様ですわ」

 まだ虚ろなお姉さんが、俺に小さな子を紹介する。

 こういった場面で、俺はこの娘に何と声をかければ良いのか、学校では教えてくれなかったし、同じ経験をした人物に出会った事もないので、参考になる知識が皆無だ。

 子供が見るには恐ろしく時期の早い濡れ場に、急遽登場してしまった少女の精神的葛藤が気にかかる。

 この子供がどんな立場で、俺とはどう言った因果関係に有るのか気になる。

 この答らしきものが、お姉さんの口から俺の耳へと流れ込んで来る。

「奥様と先生の御子ですわ」

 ソフトクリームを落とさず、ちっちやな舌先でペロペロやり乍ら冷静な雰囲気を漲らせて、こちらを見据えている。

 舐めずにいきなりかぶりついて、歯形を残す勢いで食うようなものではない。しかし、ズズッとすすって飲む程、柔らかいものでもない。

 ソフトクリームは、娘が目前で繰り広げている食し方をもってするのが一般的である。

 ところが、子供じみた身成ではあるものの、お姉さんの言葉をそのまま信じるならば、既に四十代の薹立ち娘は女親に似て、誰彼構わず魅了して止まないであろう妖艶なオーラを放っている。

 この娘と一緒に入り込んで来たのだろう、猿のカップルが、いきなりスコパコ始めている。

 そこでチョメチョメするんじゃない!

 娘の冷静さを呆気に取られてみていると、今まで隣でぐったりしていた彼女は、いつの間にか身成を整えて、いつもの面倒見の良い御姉さん姿になっていた。

「おかえりなさいませ、御嬢様」

 どこかで聞いた事のある台詞だ。


 無言のままの娘を、御姉さんが奥の間に案内すると、戻ってくるなり、そそくさ俺に着物を着せる。

「こちらです」

 なんとなく、正月気分が盛り上がる格好に仕上げられ、案内された部屋の真ん中には囲炉裏があり、櫛に刺された鮎が、じっくり焼かれている。

 先に部屋に入っていた娘は、だいぶ前からこの施設に居たらしく、のんべんだらりと晴着のまま横になり、鮎を摘みテレビを見ている。

 地下都市と似たり寄ったりの施設らしく、テレビに流れている映像音声は、おふざけの度合いが並みの地上波なら犯罪の域に達している。

 ふと見れば、囲炉裏の淵には徳利とぐい吞みがあり、これを娘がチビッとやって、また横になる。

 完全に今の生態は、休日の呑兵衛親父になっている。

 家の主人が座るべき位置に置かれた、豪華な電動マッサージ機能付き座椅子が大げさだ。

 ここへ何の気なしに腰かけると、囲炉裏端には一合に足りないだろう徳利と、小鉢が五つばかり並べられている。

 あまりにも抵抗のない正月の風景に、徳利はあっても猪口がないので、直接飲み込み、小鉢はあっても箸がないから、指で掻き込みむしゃむしゃとやる。

 なかなか良い味をだしている。

 そこへ、大皿に盛りつけられた刺身や、幾段もの重箱をせっせと御姉さんが運んでくる。

 手際の良さは驚愕の域に到達していると思う。まさに巧だ。

「これから大勢様が新年の挨拶にいらっしやいますので、御準備をしてくださいませ」

 これは俺に言ったのか、それとも娘に言ったのか、声を聴くなり横になっていたのが、勢い良く起き上がると、こけしのように微笑んで俺の横に正座する。

 引かれていたレースのカーテンを開けると、新春の陽が一斉に部屋へ射し込んで来る。

「御客様ですわ」

 ここまで辺鄙な島に来る者は、凄まじく暇な奴か、元々ここに屯っている者だろうとの思惑どうり、雪道に裸足の跡を残し、直ぐに熱帯側に引き返して喜ぶ半裸の一団がいる。

 その向こうから、こちらに向かって来る一団の中に、意識を取り戻してはいるが、神輿の上に立てた柱に縛り付けられ、自由の利かないデカオが乗っている。

「元旦に結婚式なんて、御目出度い事が重なりましたね」

 お姉さんが語り掛けると、娘がうんうんと、声を出さずに何度もうなずいている。

 頗る上機嫌のようだが、この状況を理解しているとは思えない。

 もし、あれを見て笑えるならば、見掛けが子供のけっこう行っちゃってる娘は、かなりの好き者と言う事になる。

 神輿に乗せられてからずっとオッ立てたままなのか、日時計柱のようになっている何は、丸い先端部分のクビレがぷっくり赤く腫れあがっている。

 どうやったら、あんなに巨大な亀の頭を作れるのか。

 神輿の上で上下しているのは、見方を変えれば御神体に見て取れるが、生々しさが際立っている。

 雪景色の手前で立ち止まった一団は、神輿を荒々しく地面に叩き付け、娘の前に並んで深々と御辞儀をする。

 躊躇しない娘が、神輿の上で御神体のふりをして腫れあがっているのをペタペタスリスリやると、シュンっと縮んで標準サイズになる。

 これを、お姉さんが手に取ってフッと一息かけると、またもやすくすく育って元気な姿へと変貌する。

「御有難う御座いますー」

 美女軍団が揃って一礼し、今来た道を引き返したかと思ったら、すぐさま衣服を着て戻ってきた。

 流石に際物中の際物でも、素っ裸で真冬の景色に溶け込む気にはなれないらしい。


「御嬢様ー、今日は随分と機嫌が良いみたいねー」

 親分格の元オカマの美女と言う、ややこしい立場の奴が、俺の娘とされている、これまた不可解な奴に声を掛ける。

「お父様に会えて、超ゝゝゝー、御喜びの、真っ最中です」

 お姉さんが、娘の代わりに答える。

「そうよねー、何十年ぶりー? よく、今まで待っていたわよねー」

 どうやら、娘が自分達よりもずっと年上であるのは、元オカマの美女軍団全員に知れているようだ。

「先生の娘さんは、スーパーハイブリットなんでしょう?」

「そうよー、凄いのよー」

「どう、凄いの?」

「だってー、神様と人間とエネさんとー、アウン一族がー、一体になってるのよー」

 大人しく低俗な宴会芸を披露し乍ら、オカマ美女達が語ってくれている話の内容が、今一つ理解できないでいるのは俺だけか。

 彼女達の、表現してはいけない宴席を眺め乍ら、娘と一緒に飲んでいると、お姉さんが寄って来て「用意ができたそうですので、こちらへどうぞ」と案内する。


 一旦外に出て、薄っすら雪化粧の日本庭園に設えた、藁ぶき屋根の茶室に通される。

 御姐さんが出て行くと、室内には俺と娘が残った。

「あー、きつかったー」

 ついさっきまで、大人しい小娘だった表情が、突如大人びて見えてくる。

「おい、声出てるから、ダメだろ」

 俄かに伺い知った知識の結果として、この娘が声を発すると、幻聴に悩む生物や霊体とかエネルギー生命体が溢れかえって危険らしい。

 地球がパニックを引き起こす事を恐れるのは、親として当然だ。

「大丈夫です。ここは全てのエネルギーを遮断する壁で覆われていますから。朱莉さんに作ってもらいました」

 こんな部屋があるなら、四の五の唱える前から、ここに入って説明してくれれば良かったと思うのは、俺だけだろうか。

「最初から、ここで説明してくれれば良かったと思えるんだけど」

「まだ完成していなかったのです。つい今しがた検査が終ったとかで、ごめんなさい。心配かけちやって」

 心配などしていない。ただ、御前の能力に恐れ慄いていただけだ。

「俺の娘だってのは、本当なのか」

 ここで、最も大きく? が付いている問題についての回答を要求してみる。

「はい、それは本当です。ただ、ハイブリットですから、お父さんだけが父親ではありません」

 そんな言い方をされると、自分自身の出生について、何等かの不満や疑問を抱いている人の発言に聞こえる。

 しかし、この場合は、語ったそのままが真実であるらしい。少々、混乱の方向に思考が傾いている。

「私が誕生してから、地球の生命体間通信事情が急変したの。それでね、何万年か前にペロンさんが地球に落ちてきて、エネさん達と協力して始めた地球の防衛システムに、一般の地球人とか妖怪とか、幽霊なんかも参加するようになったのよ」 

 聞いてもいない、聞きたくもない、余計な事を語り出す。

 会話に飢えていたと言うより、発言する事に異常な執着があるのは、数十年間無言でいた生態からして、容易に想像できる。

 矢継ぎ早に、時系列を負って日記を読むような語り口調からして、数十年間の出来事を粒さに報告する気でいるらしいが、このまま長い年月鬱積させてきた語りたい事全てを話されたのでは、終わる前に俺の寿命が尽きてしまいそうだ。

 とりあえず、聞いているふりをしてはみるが、何を言われても記憶に残ってくれる気にならない。

 なにはともあれ、今日はもう遅いからと話の腰を折って、続きは明日からじっくり聞いてやると言って寝た。


 翌朝、外では無限の体力と恥力で、終焉なきグロ結婚式が続けられている。

 こっちはこっちで、どれだけ頑張っても、日本のロケット打ち上げ失敗率程度の割合しか記憶できないであろう情報が、娘の口から立て続けに溢れ出てくる。

 

 茶室での生活が数日続き、やっと今日の所まで話が進むと、今回の計画とか言うのについて解説を始めた。

「千葉を宇宙船にしてね、皆で宇宙に行って、アクエネと和平交渉するの」

 前振りに数日かけて、本編はほんの一行にも満たない言葉で終わった。

 計画性のない性格は、しっかり俺に似てくれているようだ。安心して良いのか、逆に不安な気持ちになってくる のは、どういった親心なのだろう。

「千葉を宇宙船?」

 極めて素朴な疑問と不安を解決すべく、最もこの場に適していると思える疑問を投げかけてみる。

「そう、千葉県を宇宙船にするの」

「誰が言い出したの」

「ペロンさんが、地球に漂着した時から、大きな宇宙船計画はあったの。地下のシェルター型宇宙船、行ったでしょ」

「あれって、宇宙船だったの?」

「今でもね、でも、今回は飛ばさないで、地球の指令センターにするの」

 なんだか、とっても嫌な雰囲気になってきた。

 元々ペロンの地下都市宇宙船計画が、千葉を宇宙船にするなどと、桁違いに変更された理由に、俺が知っている人間が関わっているように思えてきた。

「朱莉ちゃんがね、『もっと大きくできるよ』って言って、規模が変わったの」

 無責任な規模拡張、住民への事前説明も何もない。

 身勝手などこかの行政など、足元にも及ばない暴君ぶりだ。

「それを聞いてね、遥さんが、妖怪狼ちゃんと相談して、宇宙船になった千葉に残って旅する人達の為にね、大きな世界を作ったの。その世界がここ。お父さんが病院で警護されていた時に、刺客を放り込んだ世界を、ちよっと改造してもらっているの」

 まったく理解できないし、分かりたくない言葉の羅列になってきている。

 とりあえず、俺はこの世界と千葉から出てはいけない人間に指定されていて、小学生にしか見えないアラフォー女が俺の娘で、信じたくもない計画に巻き込まれている程度の理解で良いと決め、残りの膨大な情報については、きれいさっぱり忘れる事にした。

「うんうん、御前も随分と苦労したんだな、これからは親娘、みずいらずって訳にはいかないけど、できるだけ一緒にいような」

 こう言っても、こいつが年がら年中俺にひっついていられる立場にない人間のようだから、差し支えないだろう。

「うん、いつでも一緒」

 思惑と現実が、こうも簡単に瞬時で食い違ってくれる現象は、俺の人生によくある事で、今更、驚いたり後悔したりはしないが……困った。


 なんだかんだ、この世界に来てから一週間ばかりしてから港屋に戻ってみれば、他の連中が作っていた燻製をロビーに置き宴会場に向かって行く。

 いつもの事ではあるが、チャンチキ馬鹿騒ぎの声が宿中に響いている。

 まさかとは思うが、あれから一週間、けじめの無い宴会をぶっ通していただろうか。

 上下関係が乱れた統制下にあるものの、宴席の順位はそれなりらしい配置のままで、出て行った時とたいして変わっていない。

 内臓の半分が肝臓であったにしても、七日間飲み続けていたら、死人の一人二人出ていてもおかしくない。

 それが、いまさっき飲み始めたばかりとも思える勢いで、順繰り一気飲みの杯をまわしている。

「おお、猫ー、早く座んなよ。肴がなくなっちゃうよ」

 一緒に別世界へ行っていたアインが、ペロン星人のお誘いに軽く乗っかって、宴席にすんなり馴染んで飲み食いを始める。

「どれだけ宴会好きなんだ、おまえら。何日続けて騒いでおる。宿に迷惑ではないのか」

「何言っちゃってんの猫。始まったばかりだべよ」

 猫と、地球の生活にすっかり馴染んだ地球外知的生命体の会話を、真に受けて聞く気は毛頭ないが、一週間と、始めたばかりとされた宴会時間のギャップは、大型ユンボでも埋め戻せない。

 松林の住人まで参加しての大宴会で途中参加もありうる事からすれば、始まったばかり一週間以上がいても良い事になる


 自分なりに現状の不可解を解消して、ちょびっと酒でも飲んで温泉に浸かり、適当にダラダラやってやろうと思う。

 どういった事情かは知らないが、俺の娘らしい小学生並みの四十路は、あっちの世界から出てくる気がないらしい。

 いつでも出入り自由の身となっているから、時たま親の真似事をしたかったら、のこのこ出向いてくれれば良いからと、どっちが親だか分からないアドバイスをもらっている。

 世界の情勢がどうなろうと知った事ではないが、なんだか自分自身の環境が、根底から覆されゴロリ変わってくれると、この先どうして良い分からなくなってくる。

 分からないならば、放置しておくのが俺のやり方で、きっとそのうち解決するだろうと思い込むようにしてみても、やはり家族が増えると言った画期的変化に遭遇すると、落ち着いて酒飲んで風呂入って昼寝とはいかない。

 これから俺の短い余生が、不幸のどん底辺りで終焉したりしてくれるなと願い乍ら、とりあえずは酔っぱらってやるのに一杯飲んでいると、「猫、南の島に行って時差ボケしてるね」ペロン星人が、アインのお頭をツンツンす

「あんな所に時差があるか」猫の質問は、そのまま俺の疑問でもある。

「一時間で一週間手ところかな。一週間交代だから」

「何の交代じゃ?」

「燻製作り要員の交代勤務。重要任務なんだぞー。御前は食うばかりだろうがな」

 異次元か狼の妖怪だか知らないが、いかん生物に翻弄されている世界と現実には、時の経過に大きなズレが有る状態になっているまでは、猫と酔っ払いの与太話で突如不自然に分かったが、燻製作りが重大任務と言うのが、どことなく子供に聞かせるおとぎ話になっている

 重大任務で作ったとされた燻製は、帰って来るなりロビーに放り投げたままだ。

 とても大事な物の扱い方ではなかった。

 寂れた観光地の、そのまた場末の土産物屋で、ほこりを被って半世紀待っても売れそうにない燻製を、どうする気なのか。

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