天下泰平祈願 ちょめちょめ軍団  序曲

             画像著作者Sean

 温泉宿の湯に入るのには金がかかる、したがって限られた者しか入れない。道行く女子総てが入ってくるなら選びようもあるが、相手を選べる立場にない猫である。次から次へと美女が目の前を行き来するミスコンのようにはいかない。
 日に拝める裸の女人は限られている。加えて必ずしもピッチピチのスッポンポンではない。時として目はおろかメンタルに甚だ毒としか思えんような、最悪の場面に遭遇するのも稀ではない。
 人間の男や他の猫は吾輩が女湯へ自由に出入りできる身と知るや思慮なく羨ましがるが、良い事にはそれと同等かそれ以上のリスクが付いて回るのが世の変わらぬ法則である。
 いつぞやは乳の膨らみから女人とばかり思っていた者の下に、あってはならぬ物がぶら下っていた。良く見れば化粧を落とした顔には、濃ゆい髭が伸び始めている。
 一人二人ならば我慢のしようもあるが、この族が女湯一杯にいる光景を男共が見たら間違いなく失神する。
 どこぞの国ではこの者達を神の化身と崇め奉るので、その国から団体旅行の一日として来たのだと自分に言い聞かせ、信じてもいない神様をありがたやーと拝み後ずさりする。
 ここ数日この時に負った心的外傷後ストレス障害で、猫なのに寝不足になっている。はたから見るより辛いのが現実なのだよ。
 過剰に運動をして大汗をかいた後、人間ならば風呂に入ってサッパリとする。ところが猫にはこの涼み方が適用できん。服を脱げないからと、毛皮を剥いだら切り傷擦り傷の比ではない。激痛が全身に走り其の場で意識不明になるのは確実である。
 いかに異星人の力を借りて人並み以上の知識を得た上に、日本語が堪能な化け猫として扱われているとはいえ、猫まで防災訓練に引っ張り出す事もなかろう。
 昨今の異常気象による災害多発に、朝から訓練と称した過激な運動を余儀なくされ息絶え絶えになっている。
 海岸でゼエゼエしていると、女風呂に屯していた異国の神々が生意気に散歩している。
 乳の膨らみが豊満で美形揃いであるが、袋のない股間に竿だけがプラプラしていた者達である。
「お馬鹿がゼエゼエしてるわよん」
「本当にー。キャ! お馬鹿」
「海に入れば涼すいーのにねえー」
「お馬鹿ねー」
 馬鹿ゝ言うな。馬でも鹿でもない猫だ、見て分かれよ! しかしながら、言っていることは正論である。
 世界中で災害が多発している。そんな中で、この宿はシェルターを作ってから随分と良い評判になって、常連客が増えている。それでも震災の影響で泊り客は殆どない状態である。
 今日は珍しく、閑散期に安くなった宿代に目が眩んだ命知らずの外国神モドキ御一行様が連泊する。
 彼等か彼女等かは賑やかしが上手く、風呂に来た客を勝手にもてなし笑わせては喜んでいる。  
 こんな時にハリネズミと称される助平講談師でも来ると尚更面白いことになるのに、肝心な時にいない。
 本来ならば今日は講談話で一席の予定を断っているのだから何か重大なことがあってだが、奴からは一言も詳細を聞かされていない。
 同居している黒猫にも言わずに出かけるとは、危険な仕事か助平な事に走っているのどちらかである。
 昼を過ぎた頃になると朝から漂っていた火山の悪臭が和らいだのか鼻が臭いになれたのか、随分と楽に外を歩けるまでに空気が澄んできた。
 涼もうとして海水に浸かったら、何故か毛皮が少々ズル剥げになった。傷が痛むもので、しばし温泉に浸かって癒そうと露天に設えられた猫湯に向かう。
 すると女の内風呂でザブンゝキャッキャと湯を浴びせ倒し、大声ではしゃぎまくる者がいる。
「いや結構、どうも良い心持ちだ。もう一回」と、卑猥な声が宿中に響き渡っている。
 ハリネズミである。この宿で無遠慮な真似をやる者は他にない。
 地震だ噴火だといった騒ぎがいったん収まって遠ざかって行くから、ここは落ち着いたと安心しているのか、九州地方の噴火が本格化してもうすぐ飛び火してくると噂されているのに悠長なものである。
 時には休息も必要だが、休んでいる状態がハレンチな遊興にしか見えん。
 そんな乱痴気騒ぎを見学していたら、銚子・神栖間の銚子大橋が落ちたとニュースが入って来た。
 続報の映像では、河底が隆起してせき止められ氾濫している様子が報道されている。地形が変わったのでは橋が落ちるのも解せる事件である。
 上空を旋回するヘリからの映像では、銚子・神栖両岸とも押し寄せた水に広範囲が浸かっている。
 水の勢いはゆっくりだから洪水による負傷者はないが、落ちた橋を走行中の車両捜索が難航するのは確実である。
「いよいよ来たな、これから忙しくなるぞ」とハレンチの限りを演じていた連中が風呂から飛び出す。
 準備してあった日本の警官とは若干趣が異なっている白バイ警官の衣装に素早く着替えている。どこからそんな物を仕入れて来た。
 アメリカ産の白バイ警官で、どこにこの様に奇異な出で立ちをした者の需要があるのか。派手さが無駄である。
 起床ラッパで一斉に点呼と並ぶ兵士の如く、驚異の素早さで駐車場に並んだハレンチ軍団。これまたアメリカ産白バイにまたがり、次々に落ちた橋の方に向かって走り出していった。
 一方ハリネズミは周囲のドタバタをよそに、湯から上がるとジンワリ出て来る汗を拭いて浴衣に着かえる。
「被災地へ住民の避難誘導に行ったのさ」
 多くの疑問を見透かし、簡素な回答が与えられた。なるほど納得である。
 例の如く、ハリネズミは女将の座敷にずかずか上って「女将さん、大女将はどうしました」と言いながら小雑誌を畳の上へ抛り出す。
 女将は茶棚の菓子をハリネズミに出す。
「大女将ならまだ施設に入ってます。相変わりません」
「やはりまだ連絡は来ていませんでしたか。あそこは昨日付けで廃園になりました。防災上の都合ってやつでね。勝手して申し訳なかったが移動してもらったよ。そのパンフレットに施設の所在が載っている。読んでおくといい」
「そらまた随分と御丁寧な勝手どすな。何てことをしてくれたんどすか」
「突然で怒るのは当然だ。まあ直ぐにでも感謝に変るさ。そうだ、今のうちに外の御客さんには建物の中に入っていてもらった方がいい。急ぎなさい」
「どこまでも訳の分かれへん御人どすな」そう言いながら渋々女将が外にいた客を中に呼び入れる。
 昨日のうちに大女将を避難させたり今のうちに外の者を中に入れろだのと、こいつには予知能力でもあるのかと思いながらテレビを見ていたら、隆起した川底から水蒸気が登った途端激しい爆風に中継ヘリが巻き込まれた。
 そんな時でも流石にプロのカメラマンである。落ちながらも周囲の模様をしっかりカメラに収めている。
 回転しながらゆっくり落ちていくヘリの中から噴火の威力でうねる海を写し、街に溢れた水が高波の波紋を広げ道行く人を飲み込んでいる。
 そんな中、先程出かけて行った者達が被災者をバイクに乗せている姿も映っておる。
 爆発の振動は宿にも伝わり、只ならぬ事態を殊更強く感じさせた。
 揺れは一瞬だが、同時に立ち昇った噴煙に混じった砂や砂利が宿に降って来ると、バスを待っていた人達が慌てて避難して来る。
 みるみる天空が灰で覆われ火山雷が轟く。
 上空からの映像は途絶え、地上に待機していたカメラの映像だけとなった。アナウンサーの背後ではハレンチ軍団が住民に避難を呼び掛けている。
 写されている噴火口は話している側から凄まじい勢いで成長している。それでも中継を続けているから、中の一人がアナウンサーをバイクに乗ったまま蹴り飛ばす。
「早く逃げろっつってんのが聞こえねえのかよ!」
 男の部分が顔を出している。風呂にいた時とは別人に見える強面である。
 どこでいつメイクをしたのか。非常時であるにも関わらず見掛けを気にする辺りは変わっておらん。
 噴火には怯えない中継スタッフも、この両性神バフォメットの威厳に逆らえる者ではない。

 噴火から数日、避難救助騒ぎが一段落すると、大浴場の隣りにある部屋からステンレスの煙突が出ていて、そいつが目にしみる煙を吐き始めた。
 ここはボイラー室という部屋で、いつもなら油を燃やして宿で使う湯を供給している施設である。
 客は少なくとも住んでいる者の生活がある。電気の供給は制限されているものの、自家発電機で何とかまかなえている。
 ポンプで汲み上げる水は確保できても煮炊きやシャワーなどに使う湯を沸かす化石燃料が手に入らない。
 目に染みる煙をどの様にして製造しているのか部屋を覗いてみると、女将が恐ろしく旧式の薪ボイラーを引っ張り出してきて倒壊家屋の廃材をぶち込んでいる。
 人間は米を食い鳥を食い、魚を食って獣までも食う。どれも命あるもので殺生なくして生きてはいけない。加えて自分に便利な生活と引き換えに、自然をことごとく破壊し続けてきた。
 色々の悪をし尽くしたあげく、ついに燃料なくしては生きられないまでに退化したのは不憫である。
 吾輩は行き当たりばったりの生活が常の猫だから、燃料などなくとも暑ければ日陰に寒ければ籠って丸くなっていれば過ごしていける。
 ボイラー室はいつもと違って静かである。空気を送り火を強める装置も動いていない。
 耳をすますと女将の向側で何かしきりに人間の声がする。いわゆる洗湯はこの声の発する辺に相違ない。
 薪と可燃ごみの間に出来ているコックローチ通りを抜けて前進するとガラス窓があって、その向こうに丸桶がピラミッド積みされている。
 丸い物でも三角に積むとピラミッドに例えられるから不思議である。密かに人間の観察力のいい加減さを感じる。
 小桶の先には風呂の椅子があって、その上に座った股間には見たくもない物がプラプラしている。
 竿の長さは平均より短く、以前眺めた景色を思い出すには十分な効果である。
 これ以上見ずともよろしいと云いながら、ひらりと身を返し粗なる一物に背を向ける。
 このガラス窓はマジックミラーになっていて、風呂場からはこちらが見えない仕掛けである。誰もガラス一枚隔てたこちらから、女湯男湯構わず見ているとは気付かない。
 この世で何が恐ろしいといって、一度見て二度と見たくないと思っていた物に突如遭遇した時程不幸と感じることはない。
 純粋なる女人に囲まれて風呂に一時間二時間過ごすのは苦にならんが、いかに美形でナイスバデエーの女人モドキが揃っていても、目前の女湯には長居したくない。
 奇怪だ! 何が奇怪かと聞かれても、理由を云うとマイノリティーに対する差別だと叱られるから云えない。だがしかし奇怪だ。
 女湯に入りウゴウゴガアガア騒いでいる連中は、隅から隅までことごとくスッポンポンである。
 風呂だから当然の出で立ちと云われればそれまでだが、せめて恥じらいをもって前にプラッと揺れるちんこい竿を何とかしてほしい。
 そんな女湯の中にあって、いてはいけない男が一人混じっている。不可解なる久蔵という男である。
 以前から素性を知りたいと思っているが、彼と付き合いのある者皆が本性を知らんと云う。
 不平不満を云いたい放題の似顔絵描きで、風呂に入ってまで紳士か淑女か不明瞭なる者達を写生している。
 人間は服装の動物である。猿とDNAは際どく似通っているが、そのままではない。
 人間として着物をつけないのは風呂に入るかへコニョロする時、絵画の中に描かれし裸婦やフリ珍彫刻のモデルとなる程度である。
 厭らしくも恥ずかしく裸体を披露している以上、単なる風呂遊びではなく絵のモデルとしてここに戯れていると見るべきである。
 久蔵が描いた似顔絵は何れどれもが遺影として使われると聞いている。伝説とはいえ気分のよろしい絵ではない。何とも物好きな趣味だ。
 たとえ絵画の制作に関わる事態にせよ、黙っていれば両性の裸体として綺麗に描かれよう者が、其の口から出て来る言葉がことごとく人間としての品位を害する単語ばかりである。ピー音の連続に呆れかえるばかりだ。
 戯れし者は脈絡なく悪ふざけの過ぎる連中だとは知っているが、何しろ相手は男女両方を越境する強者揃いである。 加えて噴火の折には欠くべからざる功績を残している。市長より感謝の証しとして、化粧道具一式を贈呈されし一団である。失礼があってはならん。
 今時貴重な宿泊客でもある。プラプラも慣れてしまえば然程気になる物ではない。慣れるまでに時間がかかるだけだとしておこう。 
 世間では久蔵を分からん事だらけの男だと云いながら、なおもって似顔絵を描いてもらう者の気持ちが理解できん。 絵に描かれた者の、その目が閉じたれば一週もせず必ず死神が迎に来ると言伝えられる似顔絵である。
 何故こんな危ない絵を描く者に、自らの裸体を描かせているのか。
 生態はおろか何一つとっても連中の考えを察する事が出来ん。
 知る人ぞ知る、知らぬものは知らん顔をしておればよろしかろうと、今日まで久蔵の正体をあやふやのまま過ごしてきた。しかし、よくよく思い返すに、吾輩は既にこの者に似顔絵を描かれてしまっておる。
 こやつがどうこうする事により、貴重なる生命線が短くなってしまうのならば放置してばかりはいられない。
 ところで、肉球の生命線とはどの辺りか、知った者がいたら教えてほしい。
 この疑問をよそに一団は裸の風呂にあって極めて個性的な風態をしていたが、ロビーに屯する時は心底女である。 
 気に成る男が宿前の道を歩けば肌蹴た浴衣の肩をチラ見せし、胸を寄せて大きく見せる。
 どこもかしこもことごとく強調するのみならず、足の爪も見せようと裾を巻くって爪先までピンと足を伸ばす。
 これで考えてもここにいる者達は、男の肉体と女の精神が相談して成立したものだと云うことが分る。
 それが口惜しいかな、二十一世紀の今日にあってもなお悲運の少数派を忌み嫌うを正当として疑わぬ愚族がいる。 
 オカマとかお姉と呼ばれる者の中でも気弱なのは、日中他の人間が当たり前に歩く道さえ隠れて歩かなければならないでいる。
 肩も胸も一物を除けてすらりと伸びた足を出して見るがいい。同じ人間にそれほど違いがあるものか。
 それを見掛けが違う考えが違うで生きるのにまで偉いが出るから不都合だというのなら、ついでに誰も彼も鋳型に入れて同じ形にしてしまえばよい。
 同じ身成顔形の者ばかりで大量生産の人形になればいい。できねえってか?
 出来ないのではない、自分の個性は大事にして人の個性を踏み躙れば、それで自分が優等であるかのごとく周りから認められるからだ。
 己を良く見せたいばかりに、他人の心根を蔑ろにしても許される人間の世界は甚だ残酷なものである。
 なぜに人は皆同じに生きなければならんのか、その因縁を尋ねると誰も答られない。
 ただ他の大勢の者がそう云うから、自分もその意見のまま生きるというまでの事である。
 大衆を管理するには皆同じにしておくのが分かり易い。それだけの事である。
 大勢は強いから嫌でも従わなければ生きて行けないのだ。長いものには捲かれろと、理不尽にも悪行にも目を瞑って聞かぬ存ぜぬ。
 子供の頃より同じが優等と教え込まれて来たから、気付かんでも仕方がないから勘弁するが、あまり人間を偉い者と思ってはいけない。
 見掛けはかくのごとく人間を惑わすに事足りる条件であるから不幸が付いて回る。
 人間の歴史は単に差別の歴史である。だから見掛けと違う心根を持った人間を見ると人間らしい感じがしない。まるで化け物に接近遭遇したようだと云う。
 化け物でも全人類が化け物になれば、いわゆる化け物は消えてなくなる訳だから構わんが、それでは人間自身が大に困却する事になるばかりだ。
 その昔自然は人間を平等なるものに製造し世の中に抛り出した。したがって人間の本性が平等ならば、此の世に差別など存在しないのである。
 剥げ・でぶ・ブス・チビ終いにはかたわだ気違いだ、白いの黄色いの黒いのと肌の色まで差別の原因となる。
 この差別がなければかつらは売れず、ダイエット食品など不要の食い物である。
 化粧品や美容整形などは存在せず、踵の高い靴は危ないばかり。身体の欠損に悩む者もいなくなるし、気の病を案ずるあまりに気を病むなどといったややこしい病気もなくなる。
 暴動や戦争等の争い事がなくなる一方で、世界の経済が混乱を極めるのは必至である。
 だからどんな者でも少しばかりの差別をもって生きねば、人間としていられなくなってしまう。
 誰も彼も同じでは学歴を作った意味がない。労働意欲が湧かない。どうにかして自分が他の者より優等であると知らせてやりたいと人は云う。
 身につける物や身の回りの物を煌びやかにする事で、そんな願望を満足させているのだ。
 ドイツの物理学者アインシュタインは「物質は観察するまで存在せず、観察された時のみ存在する」という猫でも分かる量子物理論を、死ぬまで理解できなかったという。 
 歴史が天才と認める者でさえ、理解の出来ない真実がある事を忘れて人間は生きているのである。
 この世の総てを解明するには人の寿命は短すぎる。我等猫にあっては尚更だ。にもかかわらず、いかなる事象も己が持つ定規と秤で総て計れると勘違いしている者が多い。 
 善悪はもとより優越を決めるにしても、誰かの作った天秤にかけて決めるしか出来ないのである。
 自分自身の思いを持たぬ者が人間には特別多く、数の多き事これ即ち正しき事としてしまっている風潮は嘆かわしいばかりである。
 あまりに多数が正しいとしてしまうものだから、天下の御政道まで多数決などとしている。これは人間の歴史を学んだ猫でも理解に苦しむところである。
 自然が与えた人間の平等を、貰ったとうの人間は嫌っている。すでに平等を嫌って骨肉の争い事の絶えない今日において、争いの本質たる不平等を打ちやって平等の世界に満足する事は到底出来ない。
 吾輩は幽霊共から妖怪扱いされるておるが、悪法を作った連中こそ猫の目から見れば生粋の化け物である。
 世界何十億万の人口を挙げ、この化け物を地獄に引ずり降ろしてても駄目である。翌日からまた化け物の競争が始まる。どこまでも差別を立ててくる。
 この点から見ても、人間は到底化け物という衣服を脱ぐ事は出来ない者になっている。
 しかるに先程ボイラー室よりに見上げた一団体は、脱ぐべからざるパンティーもブラジャーもボディースーツもことごとく棚に上げ、無遠慮にも本来の姿を露出して平々然と裸体を描かせていた。
 風呂で裸体を披露し描かれていたのは化け物ではない、悲運なる少数派である。
 まず風呂場の様子から述べよう。
 風呂場だか酒池肉林だか分らないが、大方は風呂場だったとしておこう。
 幅が一間半くらい長は二間半もあるか、それが一室でその向こうのもう一室には露天がついている。
 露天の付いた風呂場はボイラー室から見えないから、どれ程の破廉恥が行われていたか想像の域を出ない。もはや鼻血も出ない。
 何でも潮の湯とか号するのだそうで、泉質はナトリウム・カルシウム塩化温泉である。したがって、関東平野の何処を掘っても必ず出て来る赤茶けた温泉と違い透き通っておる。
 源泉の宿であるから温泉は使い放題にできるが、真水の湯は作らねばならない。燃料で苦労するのはここのところである。
 温泉となると気になるのはやはりその効能だが、神経痛、筋肉痛、関節痛、五十肩、運動麻痺、関節のこわばり、打ち身、くじき、慢性消化器病、痔病、冷え性、病後の回復期、疲労回復、健康増進、切り傷、火傷、慢性皮膚病、虚弱児童、慢性婦人病となっている。
 医者に掛かる程ではないが医者が見放す病には粗方御利益があるとされているが、ただ浸かってドンチャン騒いでいたのでは効果はない。
 洗い場の方に突っ立って若いのが二人いる。立ったまま向い合って湯をチャプゝ腹の下へかけている。いかん眺めだ。
 双方共色の黒い点において同じで、揺れる物がスルスルッとこの上なきまでに発達する。
 これはだいぶ飛んでいるなと見ていると、やがて一人が素手で胸のあたりを撫で廻す。
「金さん、どうも、ここが痛んでいけない。何でしょう」と聞くと金さんは「そりゃ岩ね、岩っていう奴は命をとるからね。用心しないと危ないのよ」と熱心に忠告を加える。
「だってこの左の方よ」
「そこに岩があるのね」
「そうかな、岩なら早く取ってもらわないと」と今度は腰の辺を撫でまわして見せる。
「そこはヘルニアねー」
 そんなこんなの前を横切って、二十五六で薄く髯が生えちゃっているのが、どぶんと湯船に飛び込んだ。
 すると体に付いていた石鹸の泡が浮きあがる。そいつが上がって来て石鹸液を誰彼かまわずかけて回る。
 風呂はそこら中泡だらけになり、皆してツンツンキャッキャとやる。
 貴重な湯をこれでもかと無駄遣いして、効能等御構いなしに温泉の湯を石鹸塗れにしている。
 これでは湯も汚れる風呂場も汚れるであとの始末が大変だと感心して、なおよく風呂の中を見渡すと久蔵が風呂場の隅に追いやられすくんでいる。
 流石の妖怪もどきもこの乱痴気騒ぎにはついていけない様子で、絵を描くどころではない。
 頼んでまで描いてもらっているのだからもう少し描き易くしてやればいいのに、誰もそんな事は気にもとめず久蔵の着ていた服を剥ぎ取って悪戯を始めた。
 こうなって来ると絵を描くのを諦めるしかない。絵描きまでもが一緒になって風呂場で大暴れである。
 角でじっとしていれば無傷で済んだものを、一緒になって騒いだものだから石鹸の泡で滑って床にしたたか頭を打ち付けた。
 倒れて意識朦朧としている久蔵に一人がまたがりそれ走れやれ走れと御馬の稽古。
 終いには鼻血と頭からの血が混じって顔が血だらけになる。それを捕まえてまた湯船に逆さに漬け込んで、顔を洗って放り投げて放置ときた。
 どちらも御苦労様な事である。
 宿代の元を取ろうとするからこのような馬鹿騒ぎになる。どうせ自腹で遊びに来る者達ではない。誰が払うかは知らんが、ここまで宿の備品を跡形もなく使い倒しては只ならぬ請求があってしかるべきである。
 吾輩は今回の宿代を払う者の事を少なからず心配した。すると放置された久蔵がプカプカ浮かんでいる。
 近くに浸かっていた者が「これはちょっと利き過ぎたようよー、背中の方からも赤いのが漏れ出しているわよん。どうしましょ」と暗に列席の化け物……ではない、者に同情を求めた。
「なあにいーこれがちょうどいい加減でしょう。温泉ですもの、このくらいの怪我は浸かっていれば治りますわん」と説き立てる者がある。
「一体この湯は何に利くんでしょ」とタオルを広げて凸凹とした股間を隠したのが一同に聞いて見る。
「いろいろなものに利きますわよ。筋肉痛、運動麻痺、打ち身、慢性消化器病、痔病、冷え性、疲労回復、切り傷、慢性皮膚病、慢性婦人病」と云ったのはアヒル顔である。
「そんなに利く湯なら、もう少し漬け込んでおいた方がいいわねえーん」
「入れたてより、三四日目が丁度いいようです。今日はこのまま漬けておきましょう」と物知り顔に述べたのを見ると、久蔵が幾分膨れ始めているのは温泉効果による回復期であろうか。
「飲んでも利くのかしらーん」と、どこからか無理に作った黄色い声を発する者がある。
「久蔵さん引き上げた後は、濃いーい出汁が出ているから美味しいかもよん。一杯飲んで寝ると、感動的な悪夢が見られるから、まあやって御覧なさい」と答えたのは、どの顔から出た声か分らない。
 本性をさらけ出しているのだ、風呂で何をしても構わない。乳房のしこりが乳癌だろうが、飛び出た一物がヘルニアだろうが知った事ではない。
 しかし、一度風呂を出てロビーに出ればもう妖怪変化ではない。いや、はなから妙な生物ではない。不幸な少数派である。
 極めて偏見に満ちた分類による御釜も、我がままな多数派の生息するシャバへ出たらば衣服をまとう。従って女らしい行動をとらねばならんはずである。
 であるのに、彼か彼女達が踏んでいるのは久蔵である。 
 ソファーに腰掛けた足の下にぐったり伸び、剥がされた虎の皮同様の扱いで分厚い敷物になっている。
 いかに馬鹿でも疫病神悪霊妖魔に憑りつかれていようとも、人間でないかもしれなくとも生き物に変わりはない。 
 似顔絵をタダで描いてもらっただけの仲ではあるが、猫だって希薄な恩義を感じない者ではない。微かに久蔵の身の上が不憫に思えてくる。
 気の毒だと云う念が胸一杯になったため、ついそちらに気が取られて女将の方の観察を怠たっていると、突然バーベキュー広場の方面から釜一族を呼ぶ声が聞える。
 あそこでも出鱈目をやっているのかと出て見ると、広い焼き場に一寸の余地もないくらいに食材やら酒が並べられ、そこに化け物が憑りついている。
 いや化け物ではない御釜である。毛のある脛と、毛のない脛が入り乱れて動いている。
 折から秋の日は暮れ、一面に食材を焼く煙が立ち昇る。 
 かの釜族のひしめく様がその間から朦朧と見える。
 熱いゝと云う声が、吾輩の耳を貫ぬいて左から右へ抜ける。熱かったらフーフーしてから食え。猫舌からのアドバイスだ。
 声には異なのも青ざめたのも赤っ恥のも、黒いの太いのもあるが互に遠慮がないからロックコンサートの如き大音響を近所迷惑に垂れ流す。
 ただ卑猥と狂気をかき混ぜたのみで、ほかには何の役にも立たない声ばかりである。
 茫然としてこの光景に魅入られ立ちすくんでいると、やがてわーゝと云う声が混乱の中に混じって来る。子供達である。
 固まっていた吾輩を発見すると、猫猫猫とツンツンして喜んでくれる。
 まさか純真無垢な子供の前に、御釜の本性をさらけ出すとも思われん。これにて吾輩は平常心を取り戻し、賑やかな夕食の宴に参加できた。
 宴も盛りの時に一人の巨漢が立ちあがり、これより幾日かで我等は特攻に出る身であると演説を始める。
 国内で暴動が起きているとはいえ、極限られた地域での事である。他国と戦争しているでもなく、特攻隊とは時代錯誤甚だしい。
 のみならず既に薄っすら髭が伸び始めている。塗りたくった化粧の色が、顎の辺りで幾分蒼く変色している。
 魔中の大王か化け物の頭梁かと見ていると、巨漢の後ろで「おーい」と答えたものがある。
 おやとそちらに視線をやると、段ボール箱の中に久蔵が押し込まれ顔を出して目をパチクリさせている。
「スポンサーに対してこの扱いはないだろうー、もう少し大事に扱えよ。これでも生物だからな、死んじまったらどうするんだ」えらい剣幕である。
 それも当然で、スポンサーと云うからには今日の掛かりは総て久蔵持ちである。
 その資金提供者を湯船に漬け込み膨れるまで放置した揚句、箱詰めして宴会場に放り投げて置くのだからやる事が抜かりなく御茶目である。
 この残虐な事件から数日して、何の祝いかは未だに不明だが兎に角祝いと称して世界の要人を集めたディナーショーが開催された。
 例の御釜軍団ショーである。
 おおよそこの手の不運な少数派が生業とするのは、酒を客の胃袋に無理矢理流し込み酩酊させておいてぼったくる飲食店の接客係や、見世物で客の肝臓にアルコールを強制処理させて気絶しているところをぼったくる見世物居酒屋が多い。
 日頃から行われている厳しい芸事の練習が、世界の要人を楽しませるに十分な結果をもたらしておる。
 少数派の悲哀と開き直った笑いを織り交ぜたダンスとトークショーは、男にも女にも出来ない。悲劇的少数派のみが表現できるものであるから、見慣れない者には衝撃的に面白可笑しい芸である。
 しかし、いかに世界規模の無礼講とはいえ下手にこの手の連中が冗談トークを好き放題に放っては、国際紛争の火種を撒き散らしているも同然。
 宴会が原因で世界に核の雨が降らん事を願うのみである。
 賑やかしもほどほどに済んだところで、ハリネズミが釜軍団を紹介する。
「これからこの者達は、既に地球に到達している地球外知的生命体の偵察部隊と直接交渉に向う予定であります。現在地球で起きている異常現象は、この偵察部隊が引き起こしていると考えられます。先行きどうなるか分かりませんが、皆さんが立っているこの発進基地から彼等が発進完了するまで、航空機の飛行を停止してください。まだ実験さえも行われていない未知の発進手段ですので、上空で何が起こるか予測できません。安全の為です、どうか御協力お願いします」
 ハリネズミにしては相当に無理をしている。極めて真面目な説明となっている。
 この日から全地球の制空権を地球防衛軍が握った。
 久蔵が深く関わっている組織で、巨大な宇宙船がバックについているアウトロー軍団である。
 逆らえば地球の半分でも吹き飛ばしかねん連中の御願いとあっては、いかに強気の国でも聞かん訳にはいかない。 
 全世界数十億人の共通した意見である。吾輩もそうした方がいいと思う。
 久蔵が温泉宿で釜達を接待していたのは、命がけの任務に就くからであった。
 直接交渉といっても事前に何がしかの連絡をしているのではない。地球人の許可なく勝手に災害を振り撒く連中の懐に入って行き、生きて帰れる保証は限りなく零に近い。
 特攻と云ったのはこんな事情があっての事。
 似顔絵を描いていたのは、この世のおっ外れで連絡がつかなくなっても、生死の確認だけは似顔絵でできるからであった。

 災害が広がっている中、医療施設の崩壊により患者が被災地に溢れている。この会場で、特攻とは別に診療所の医師達が治療の旅に出ると発表した。
 災害の爪痕が残るこの時期、旅に出るとなると気まぐれな正体不明の妖精だけが頼りの医師団を外に放り出すのは、周りの人間にまでも危険を振り撒く行為となる。
 何と云っても突如現れた道案内役の気まぐれ妖精は、無類の方向音痴であるのに加えて、医師達はナビを無視して走る癖がある。
 あちこち道路が寸断されている。しっかりした水先案内人が必要だからと云って女医と看護師が立候補したものの、二人とも負けず劣らずの旅下手だから頼りがいがない。
 このまま出発されたのでは、確実に旅先で遭難した者達を探しに行かねばならん事故が起きる。
 面倒な事態はごめんこうむりたいので少々助けてやる事にした。
 後日、久蔵に道案内を頼んでやろうと出しゃばり彼が経営する喫茶店を訪ねてみる。
 全国を点々とした男である。地形と星の動きだけで日本を一周できる者はそう数多く存在しない。と、丁度店内で御釜軍団の出陣式をやっていた。 
 式とは銘打ってあるが、堅苦しいのを極端に嫌う生物の寄合だから形式も順序もあったものではない。ただひたすら吞んで食って騒いでの宴会となっている。
 風呂がないだけで温泉宿の二の舞だから、店内は竜巻のど真ん中にいるようなものである。
 久蔵は踏みつけられながらも店のカウンターから混沌たる不明瞭な生物の眼を精一杯に見張って、吾輩の凛とした勇士を見た。
 カウンターは高さ三尺で入口から始まり店の奥まで続き、端に両開きの一枚戸をはめたものである。
 カウンターの上に乗せられ、上から巨漢に乘られて身動き取れない久蔵の頭すれすれに両開きの戸がある。
 意識がある内は首の力で頭を持ち上げているからぶつからないが、意識がなくなったり力を抜いたりしたら戸を開ける度にゴツゴツバタンビタンと容赦なく垂れ下がった頭を打ちすえる。
 ぐっと持ち上げた頭はこちらを向いているが体は真反対を向いて、鼻から一筋の血が滴り床に痕を残している。
 ゆるキャラ模様のTシャツが所々破れて妙な腸が飛び出ている。
 腸にも色々ある。コプチャン・ホルモン・コテッチャン・シロ・ヒモ・丸腸・ホソ・テッチャン・シマチョウ・テッポウ等。さしずめこれはテッチャンあたりである。
 平然ではないにしても、この状態で生きて意識があるのだから並の化け物ではない。
 久蔵はこの腸をちらりと見て「なに、かすり傷だよ」と云うと上に乘った者に御願いしてカウンターから降ろしてもらう。
 飛び出た腸を指で押し込んで切れた腹をホチキスで繋ぎとめる。腸にはかすり傷でも腹には重傷だ。どの辺りの傷を称してかすり傷とするのか、基準が曖昧な生物である。
 吾輩はこの腸を納めた腹を見ると同時に、どこへ向って出陣するのか知りたくなった。
「奴等の居所が分かったのか? どこに向かって出陣しようというのだ。勝ち目などなかろうに」
 すると、今までは車で引き摺られてもヘロヘロし、鼻血で失血死寸前まで追い込まれても笑っている様子の久蔵が、突然この質問を聞いて正気になった。
 不思議のようであるが、こういう変態した化け物には珍しくない事だ。ジャリ餓鬼が泣いて五月蠅い時に、笑気ガスの一嗅ぎもさせてやれば直ぐにヘラヘラ笑い出すのと逆である。
 昔居候をしていた女主人の家では、笑気ガスの代わりに必ず吾輩を袋に入れて子供に宛がった。それを貰うなりジャリ餓鬼共は、袋を蹴ってはギャアと鳴く声を聞いてキャッキャッと喜んだものである。
 この親にしてこの子ありといった極めて残虐非道の家柄で、女主人などというのは元来意地の悪い女のうちにあって最も性質の悪い者である。
 この女主人の質は今泣いている子を三遍殴って無理矢理笑わせるもので、笑えば今泣いた子がもう笑ったと拍子を取って冷かす。女主人が大嫌になったのはこの時からだ。
 比べて久蔵は泣いたり笑ったり嬉しがったり悲しがったり、人一倍もする代りにいずれも長く続いた事がない。よく云えば執着がない。悪く云えば気まぐれで根気がない。 
 心機がむやみに転ずるのだが、これを俗語に翻訳してやさしく云えば奥行のない薄っぺらな見かけ倒し、我がままなだだっ子である。
 喧嘩をする勢でむっくと跳ね起きた久蔵が急に気をかえて「勝ち負けじゃねえんだよ」と云うと、まあ一杯とビールをすすめる。嫌いではないからまずはとりあえず一杯と頂く。
 駆けつけ三杯いける口ですね御口直しにこちらの一杯、まだまだ序の口今宵はトコトンとやっているうち何しに来たのか思い出せなくなってきた。
 そのまま帰って後日温泉宿にふらりと顔を出す。猫湯でまったりしていると、釜軍団が女湯に入って来る。
 出してほしくない物を出してしまうと正体不明になるから、一応前のプラリは西洋手拭をかけている。
 出陣式が終わっている。何をのんびり過ごしているのかと、一団の親分格を遠くから叱ってやったらこちらにやって来るではないか、危ないよ。
 このまま捕まっては風呂場の乱舞猫バージョンにされてしまうと、慌てて逃げようとしたら御釜様にとり囲まれていた。
 吾輩の猫生もこれで一巻の終わりと閑念したところで「これからよろしくねー。可愛い道連れができて嬉しいわーん」気まずい展開である。
 あらん限りの暴虐に痛め付けられるよりはましだが、御釜にあちこちいじくられ好き放題やられての風呂遊びは趣味が云々以前の次元である。
 何と十数分の長く感じた事か。それは一緒にいた黒猫も同じ思いで、肥えた体が僅かの時間ですっかりスリムになっている。
 ロビーに出ていつもの招き猫座布団に座を占めた。
 恐怖は人の頭髪を一夜にして白髪に変えるとの伝説がある。まさに今、目の前にいる黒猫はその生き証人、いや生き証猫。
 真っ白になって吾輩の前で伸びている。伸びているというと気絶しているという場合もあるが、胴体が異常に伸びているから伸びていると表現した。
 何ともまったくの別猫である……よく見ればイタチが寝転んでいる。
 イタチは黒猫が大の苦手としている生物である。一緒に湯から上がった黒猫はいち早くこのイタチを発見し、すぐさま外に飛び出しそのままハリネズミの家に駆け込んだと後から宴会に戻ってきた時に聞いた。
 我等がここのところ留守がちになっているものだから、ハリネズミが大変行儀のいいイタチだから宿のマスコットにどうかと連れてきたのである。
 このイタチ、並のイタチでないのは宿に巣食う幽霊共の様子からして察しが付く。下手に逆らえば弱い霊など一瞬で消されてしまう。
 ハリネズミは相変わらず番台に乘って講談を語っている。ハリネズミの紹介ならば何等かの企みがあって置かれた者だが、悪さはしないで客に呼ばれればヘコヘコ側まで寄って腹を撫でられ平気にしている。
 本来気性の荒い生き物である。ちょいと気に入らない事でもあれば、指の一本二本は簡単に食いちぎる。
 その上強い妖力を持っているのだから、人間に限らずこの宿で悪さをしようなどと思う化け物はまず表れん。それが真の狙いかどうか。
 ハリネズミは悪さこそすれこの宿に限っては親身になってあれこれ骨折りを惜しまず働く者だから、とりあえずは安心して見ておれるがどうなる事か。
 こんな妖怪をどこから連れてきたかとハリネズミに聞くと、決して連れてきた覚えはない。それなら貰ったかと云うと、誰もくれた人はない。しからば盗んだのかとただして見ると、何だかその辺が曖昧である。
 ちょいちよいっとつっついてやると親類に動物商の隠居がいて、その隠居が死んだ時、当分の間動物の世話と留守番を頼まれた事があるのだと語り始める。
 ところがその後店の買い手がついて店から出る際に、そこで自分の物のように使っていた火鉢を何気なく持って来たのだそうだ。思ったとおり手癖の悪さが関わっている。
 手癖となると人聞きが悪いが、こんな事は世間に往々として行われている事である。
 銀行家などは毎日人の金を扱いつけているうち人の金が自分の金に見えてくる。そうなればしめたもので、いくらでも湯水のごとく金をばら撒いて回収が困難になったら情け容赦なく担保を取り上げる。一流の銀行家のできあがりである。
 議員様は有権者の代弁を生業とする者である。政治を弁じさせるためにある権限を委托した代理人のようなものだ。
 ところが委任された権力を笠に着て毎日事務を処理していると、これは自分が所有している権力で人民などはこれについて何らくちばしをはさむ理由がないものだなどと錯覚してくる。
 こんな者が世の中に充満している以上は、長火鉢事件如きをもってハリネズミに泥棒根性があると断定する訳には行かん。普段のハリネズミが泥棒癖だらけだから悪い癖が出たという事になるだけである。
 もし長火鉢一つ拝借した初犯のみをもってしてハリネズミに泥棒根性があるとすれば、天下の人にはみんな泥棒根性があると云わざるを得んのが現代過去未来変わらぬ真理である。
 長火鉢であった白イタチと共に、招き猫座布団に陣取って見ている。
 宴会を数分後に控えたる御釜軍団の面々には、先刻これから宜しくと挨拶した剛の者がおる。白粉の一斗缶に頭から突っ込んだ程に顔は白く塗りたくられている。
 風呂から逃げ出た吾輩をロビーで発見するなり、ずっとこちらを見てはニヤッと剛の微笑を投げ飛ばしてくる。
 他にも想像を絶する形状の顔面が連なっておる。
 以前見た時はかようにごつい面構えではなかったが、特攻の為厳しい
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