今にも銀色の戦闘機が飛んで来そうな空だ。
 雲ひとつ無い、真っ青に晴れ渡った真夏の空を見つけると、いつも私は、そこを鋭利なハサミのように裂く金属色の非日常を求めてしまう。
 私達はどこへも行けない。どんなに晴れていても、どんなに健康な太陽の光が私達を誘い出そうとしても、ホームルームのさなかの教室からひとり離脱することは、できない。
 だからせめて私は、戦争か、地震でも起こってくれないかなあと思う。それは不謹慎だろうか。死にたーい、と言ってみるのと一緒なのに。
 渡辺先生は、絞ったら缶ジュース一本分くらいになりそうなほど半袖シャツをじっとりと濡らし、教壇に立っていた。歯を食いしばって、言葉が口から外に出て行くのを押しとどめているように見える。でも上半身は前にのめっていて、早く言い出そうと焦っているように見えた。なんにせよ、私達は先生が何を話そうとしているのか知っている。昨日、隣のクラスの子がトラックに轢かれて死んだ。即死だった。今朝のホームルームで先生がそんなに言葉を選ばずとも、もう、私達は昨日のうちに携帯の中を飛び交う最もあけすけな言葉たちでそれを知っている。
 私は下敷きでスカートがめくれないように注意深く脚をあおぎながら、もう一度窓の外を見た。六十年、いや、多分七十年くらい前の暑い今頃、本当にこの空を戦闘機が切ったのかもしれない。窓枠で縁取られた均一な青い四角を見つめていると、どんどん気力が失せていって、これは、何かと似ている、と思ったら、それは、PCの画面だった。YouTubeでサジェストされる動画をバカみたいにクリッククリックして何時間も経ってしまった後に絶望してPCをシャットダウンする時に現れる青い初期画面に似ている。画面を開けばいつでもすごいバンド、すごい事件、すごい人々が見られる、それはとてもいいことなのかもしれないけど、その代わり、なんであろうと情報に先回りされている気がして、現実が先細りに思えて無気力に全身を絡め取られる。大人達に、今の若者は野心が無いとか言われて、異論無くその通りだと感じる。模範解答が溢れていて、問題を解く気力が失われている。いっそのことこの身体もパソコンの中に放り込んでくれたらいいのに、と思う。
 いつの間にか先生が喋っていた。がんがん聞き逃していた。私は頬づえをやめて前を向いた。
「事件の詳細はまだ調査中です、でも……本当にあってはならない、悲しいことだと思います。若い君達には無限の可能性があります。だから、どうか、命を無駄にしないように、今を大事に生きてください」
 ん? 教室がわずかにざわめいた。トラックに轢かれたというからてっきり事故だと思っていたけれど、もしかして、わざと死のうとしたのだろうか。遺書でも残っていたのだろうか。
 私達は賢いので「自殺だったんですか?!」と声をあげる生徒などは出てこない。先生は自分の失態にも気付かず、ざわめきの理由も気にせず、悲愴な顔のまま教室を出て行った。
 とたんに教室の空気が緩んで幼稚っぽい好奇心に満たされ、いくつもの頭がきょろきょろ動いた。私も後ろの子に背をつつかれた。
「自殺だったっぽいね」
「渡辺先生、ミスったな。自分から自殺って言ったようなものじゃん」
「交通事故だと思わせておいた方が、騒がないのに。失敗だね」
「新任だから。思わず感極まっちゃったんでしょ」
 君達には無限の可能性がある、と、先生は言った。無神経だ。私達はどこへも行けないのに。お金も無い、身分も無い、何も無い非力な高校生に何が可能性だろうと思う。というかそもそも無限ということは、犯罪者になる可能性も、ニートも、貧乏人も精神病者もあるってことだ。トラックに飛び込めば、少なくとも悪い可能性は消すことができる。
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