2.日常での異世界

やさしょうさんに出会ったいきさつ。 私の過去の記憶は黒歴史だらけであるが その中で極めてやさしさが見える記憶が数々ある。 順に言葉で言っていくと 「幸せになりたい」から始まり 「訓練」 「自己の力ではどうにもできない現実」 が小さい頃から染み付き、 「その世界の人達を尊じる(おもんじる)こと」 「協力遊び」 「頭を打ち付ける素直にできない光景」 「どんなものを作ってもいい気楽な環境」 「ちょっとしたことでも調子を崩す人」 「世界の人に優しくいよう」 「過去の縛りから開放された瞬間」 「相談をして人の気持ちを共感することができるが 自分は、話す人がいなくて」 「適材適所が好きだけど世の中はそうじゃない」 思いつく全てが今あるやさしょうさんの原型となっているのだろう。 一番のその世界の人をおもんじるは、一番真髄になっているのかと思う。 私は、普通の人と違う世界を歩いて見てきたから こんなにやさしくいられるのかもしれないと ぼんやりと考えている。

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 〜ともだ〜 私はこう望んだような気がする。 「幸せになりたい」と 物事のついた時の記憶は マンションに住み、周辺は坂だらけで 学校に行くのも苦労した。 真っ直ぐな上り坂下り坂を歩くのは きつすぎた。文句も言えない中で まだ1年生だったが途方のない道だと感じた。 そのうちその坂を歩いていたら かかとがあがっていった。 その後いつからかわからないが病院生活になる。 そこで年関係なく自分の2個下だろうが小学6年生でも 遊んだ。 その頃はふくよかなナースが好きだった。 理由は優しそうそれだけ。 手術が近づくと 匂いのついた麻酔の吸わされて 手術する紙芝居の説明を受けた。 匂いのついた麻酔に興味津々だった。 手術後、足は包帯のキプスをつけられ痒く、 きずを塞ぐ絆創膏を変える時間が嫌だった。 最後の日の糸の抜く時は叫ぶほど痛かった。 人生で一番痛い出来事だ。 その後、歩く練習もして普通に歩けるようになったものの こけることは日常茶飯事。 こけても何もなかったように歩く子供となっていた。 だんだん、学年が上がるとともに物分りがよくなってくる。 ただ、勉強が嫌いだった。 その中で好きだったのは理科ぐらい。 それだけよく覚えていた。 学校で友達とあそびつつ 成長期なので、また、足が悪くなるのを防ぐため 何ヶ月か1回 病院に通って手先を起用にしたり運動をする訓練をつづけていた。 その頃だんだんとその世界を理解してきた頃。 「あぁ、この世界の人を敬わければいけない」 んだと感じた。 自分もそうだから認めざる負えなかった。 今も正直どこかで受け入れていないところがあるから それを避けるために私は普通の人を目指して生きて 今こうやってお話をかけているんだろうなと。 記憶があまりはっきりしていないのでこれだけしかかけない。 こんな世界の中で生きてきて、 色んなことを思いますが 私のお話はおしまいです。

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