22 纏めにならない纏め(3)

地中海を渡るシリア難民

【戦争について、個人的なこと】
 私は1945年生まれです。あの8月15日には生を受け、微かに息はしていました。5歳の時に朝鮮戦争がありました。「お前も大きくなったら兵隊に行かんといかんかもしれんなぁ」という父の言葉にはビックリしたものです。何より、人間は戦争をする、殺し合いをするということにショックを受けました。
中学生になって広島の原爆資料集を見ました。『13段階の道』という映画でアイシュビッツを知りました。人間というのは何と酷いことが出来るものかと思いました。
 社会の時間に憲法を習い、「兵隊になって、戦争にいかんでええのや」と安心したものです。もちろん、その理想に当時は感動したものです。

「なぜ、人間は〈せんそう〉をするのだろうか?」は、私だけでなく、みなさんも感じた疑問でしょう。まー、私が生きている間には日本には戦争はないでしょう。軍備は持たないと書いてあっても、自衛隊があります。それでも自衛隊の戦車は誰一人未だ殺していないのです。この文章を書いていたら尚更に、70年、これは奇跡的な事だと言わねばなりません。幸い、その奇跡的な時代を私は生きて死ぬのです。
 後の世代にも続いて欲しいと願わずにはいられません。

【戦争は人間の種の保存本能ではないかと・・】
 書いていて、この一行につき何人死んでいるのだろうかと、変なことを考えていました。
 話は少し逸れますが、教養番組で『紅鮭の生態』とやらをやっていました。紅鮭は孵化後1~3年を湖沼で生活し、海へと降ります。海洋で2~3年生活した後、再び生まれた川へと帰ってきます。よく帰ってこられるものだと驚きです。遡上していく様子は皆さんもご存知だと思います。メスが産卵場所を作るときは、メス同士の戦い、産卵するメスをめぐってのオス同士の戦い、(あの横で精子をぶっかけるだけだのに快感があるのだろうかと、長年の疑問にはコメントはありませんでした、笑い)、いくら求愛しても、弱いオスはメスにも追い払われます(自分に照らして複雑な気持ち)、でも、そこは良くしたもので、メスが卵を産む瞬間、ドサクサにまぎれて横から振りかける奴がいます。笑ってしまいました。自分は弱いということを知っていて、最初から無駄な戦いはしないというオスです。そして、オスもメスも疲れきって命を終えます。何という種の保存本能の強さというか、メカニズムというか、感心したものです。そして朽ちて、栄養分になりプランクトンが発生します。それを稚魚が食べて成長します。巧妙な自然の摂理です。鮎の友釣りは、その縄張り意識を利用します。種を保存するには自己を保存せねばなりません。

 人間が戦争をするのも種の保存本能ではないかと思うのです。こんなに殺し合っても人間の数は増え続けています。また、縄張りを犯すものには毅然と戦うのは、生き物として立派なことではないのかと(アラブに同情)・・余りにも強いものに戦いを挑むときは、卑怯な手段(テロ)も一つの手段ではないかと・・人間に理想を抱くのは幻想ではないかと思ったりしてしまうのです。これではアメリカを悪く言えません。

【歴史が教えるもの】
 歴史はもっと長いスパンで見なければいけないのでしょう。100年前アメリカに黒人の大統領が登場するとは誰も思いませんでした。あれだけ、戦乱で明け暮れ、大きな世界大戦の舞台に二度までなったヨーロッパがEUという大きな実験に取り掛かっています。泥沼と言われたベトナム戦争だって、あの小国が勝ったのです。おごれる帝国がいつまでも栄えたためしはありません。
 あの大戦でドイツ、日本が勝っていたら・・あながち、歴史は悪いジャッジを下さないようです。

【最後に・・】
 私の幼い時、銀行はソロバンでした。今の銀行を知っている人には想像も出来ないでしょう(最も銀行に預金出来る人も少なかったのですが)。未来は分からないということです。人類は共存するか、共倒れするかどちらを選ぶのでしょう?悲観もいけないが、楽観も許されないと思うのです。
 少なくとも今の日本は、人質になった一人の命で政府は動きます。中東の紛争国では考えられないことです。このことを大事に考えねばならないでしょう。

 15歳の少女が言った言葉が今浮かびます。
『人間は上等にもなれるのに、下等好き』、少女とはアンネ・フランクです。
彼女が今生きていたら、「全世界に同情されながら滅亡するよりも、全世界を敵に回して戦ってでも生き残る」というイスラエルの考えには、「ノー」と言うのではないでしょうか・・


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