12 イスラーム原理主義

写真は鉄格子の中のサイイド・クトゥブ

 イスラームの過激派の代名詞みたいに使われる原理主義とはどんなものでしょうか?ブッシュによるなら、唾棄すべき、あってはならないものでしょうが・・。イスラーム法を規範として統治される政体や、社会の目ざす政治的諸運動を指す用語です。イラン革命で敵対したアメリカをはじめとするキリスト教圏諸国では、往々にして否定的・批判的ニュアンスを帯びた呼称となっています。ムスリムの人はイスラーム復興主義と言って欲しいと言っています。

 サイイド・クトゥブという人をご存知でしょうか、
エジプトの作家、詩人、教育者、イスラーム主義者。1950年代、1960年代における『ムスリム同胞団』の理論的指導者です。ムスリム同胞団とは20世紀前半のエジプトで生まれ、長い間、非合法組織として政権に抑圧された歴史を持ち、中東地域に広がるスンニ派の代表的な社会運動・宗教運動組織であります。
 ムスリム同胞団の最大の特徴は、大衆を相手にさまざまな社会活動を展開した点にあり、モスクの建設や運営などの宗教的な活動のみならず、病院経営や貧困家庭の支援など草の根的な社会慈善活動を幅広く実践し、イスラーム世界の中で勢力を拡大してきたことです。
 パレスティナの政治組織、ハーマスはこの同胞団のパレスティナ支部でありました。ハーマスはアメリカを始め西側諸国からテロ集団に指定されています。そんなところから、同胞団は過激派の代名詞のように使われることもあります。

 クトゥブは独学でコーランを学習し、わずか10歳にしてコーランをすべて暗誦できるようになったと言われています。10代になると幅広い学問ではなく、イスラームの教義しか教えない学校に反発するようになり、イマーム(イスラム教の指導者・先生)への反感を募らせます。1929年にカイロの高等師範学校に入学、卒業してその後、アラビア語の教師を務めながら、著述活動行い。1939年にはエジプトの教育省の役人となります。

 クトゥブはアメリカで教育行政を深く学ぶために留学、スタンフォード大学など数々の学校に通い、また各地を精力的に旅しました。これらの経験がクトゥブの思想に多大な変革をもたらします。エジプトへ帰国する途上、彼はヨーロッパも旅をし、そこで『私が見たアメリカ』という本を出版。その中で、アメリカの物質主義、個人の自由、経済システム、ファッション、人種差別、スポーツへの熱狂、美的欠如、性的な退廃、新生国家であるイスラエルへの肩入れなど、多くを辛辣に批判します。彼の批評はアメリカ人の離婚への規制、表面的な人間関係、中味のない会話、アメリカ人女性のセクシュアリティなどにも向けられます。
 結局、クトゥブにはアメリカ文明の諸要素は激しすぎ原始的に思われ、アメリカ人は何よりも、信仰や、美や、精神的価値について不誠実すぎる、と結論付けたのです。アメリカでの経験がクトゥブを西洋文明への拒絶に向わせ、イスラーム主義へ向かわせるのです。

 アメリカから見る原理主義者(狂信的で時代錯誤な教義を振りかざす者、集団。女性にあのような黒ずくめの服を強制する差別主義者、etc)、原理主義者から見るアメリカ、比べて面白いものであるのでクトゥブを取り上げました。

 確かに、私でもアメリカ女性のあの必要以上にバストを見せる服装は、どう目をやったらいいのか、この点だけに限ればイスラームに住みたいと思います。目のやり場に困るだけで、別にバストが嫌いなわけではありません。日本も夏になると、スーパーの買い物に行っても段々アメリカです。割烹着の昔が懐かしい(笑い)。

 クトゥブはエジプトに帰国すると教育省を辞職し、ムスリム同胞団に加わります。同胞団の機関紙の編集長となり、後にムスリム同胞団の最高会議のメンバーになります。1952年、ナセル率いる自由将校団がクーデターを起こして、親西欧的な政権を打倒します。クトゥブはこれを歓迎します。しかし、クトゥブらムスリム同胞団が期待したようなイスラーム国家樹立へとナセルは向わず、クーデターを成功させた自由将校団とムスリム同胞団の共闘は破綻、1954年、ムスリム同胞団はナセル暗殺未遂事件を起します。ナセルはムスリム同胞団弾圧を進め、クトゥブも投獄されます。クトゥブは獄中で代表作『道標』を書き上げます。この中で展開されるジャーヒリーヤ論とはイスラーム法を完全に施行していない社会は、すべてジャーヒリーヤ社会(アメリカ、西側、社会主義国、イスーラム国家でも世俗主義をとる国)であると規定します。
 
 ジャーヒリーヤとはアラビア語で「無知であること」「知られていない」などを意味する動詞で、イスラーム教が布教される以前をさします。ナセル暗殺未遂事件の首謀者として死刑宣告を受け1966年に絞首刑に処されます。現在では大統領ら要人暗殺計画にクトゥブは関与していなかったことが明らかになっています。(実際に著者は読んでいませんので何とも言えませんが、角度を変えて見ればアメリカに対する文明批判は興味あるところです)。
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