11 イスラムの教えとは

 【六信五行】
よく言われるのが、六信五行です。6つの信仰箇条と、5つの信仰行為をいいます。
6信とは神(アッラー)、天使(マラーイカ)、啓典(クトゥブ)、使徒(ルスル)来世(アーヒラ)、定命(カダル)の6つです。

5行とは
1.信仰告白(シャハーダ)
「アッラーフの他に神は無い。ムハンマドは神の使徒である」と証言すること。
2.礼拝(サラー)
一日五回、キブラに向かって神に祈ること。
3.喜捨(ザカート)
収入の一部を困窮者に施すこと。
4.断食(サウム)
ラマダーン月の日中、飲食や性行為を慎むこと。
5.巡礼(ハッジ)
マッカのカアバ神殿に巡礼すること。

経典を読んで勉強したわけではないので、教義のことはよくわかりません。ただ、イスラームと並び「世界宗教」と称される仏教・キリスト教と比較した際の特徴は大切だと思います。
きわだった特徴としては、政教一体の宗教共同体の存在があげられます。この宗教は、単なる個人的・内面的な信仰体系というにとどまらず、むしろひとつの確固たる共同体そのもの、ないし共同体的生活の全体なのです。ということは、それを支える固有の法律、政治、社会制度を内的に規定していると言えるのです。この面を抜いて考えると、イスラーム(教義も、世界も)の理解が難しいものになるのではないでしょうか…

私たちから見ると、イスラーム教徒の礼拝・戒律は厳しく見えます。
「六信五行」とは、唯一神アッラーから、このシステムを平等に受け、日月や時間さえも同一にして、見えるかたちでの連帯意識・同胞意識の醸成を毎日はかるものと言えます。

【ジハード】
 ジハードとは、こうして形成された宗教共同体を守ろうとする実践的な営為なのです。六信五行には書かれていませんが、ジハードは、イスラームにおいてムスリムの義務とされている行為のひとつです。
 ジハードは、コーランに散見される「神の道のために奮闘することに務めよ」という句のなかの「奮闘する」「努力する」に相当する動詞の語根 jahada (ジャハダ)を語源としており、「ある目標をめざした奮闘、努力」という意味であります。個人の内なる方に向かうものと、その人の置かれた環境によっては、不正や抑圧に対する戦いという意味をもつこととなり、宣教と説得によって、また場合によっては、必要に応じては武器をとり、「聖なる戦い」を繰り広げることによって正しい社会をつくらなければならないという考えと結びつくことになるのです。「内なるジハード」と「外へのジハード」という2面を持ちます。日本ではよく「聖戦」と訳されますが、これなら一面しか述べたことになりません。

 イスラーム教への誤解、あるスイスのジャーナリストの言葉です。
『イスラーム教が世界の表舞台に姿を現してから、キリスト教徒たちは彼らと戦うことを正当化する手段のために中傷しておとしめる事をやめませんでした。今でもヨーロッパでは、その奇怪に歪められた考えの痕跡が続いているのです。今日でも多くの西洋人は3つの考えでイスラームを見ています。1狂信主義、2宿命論的主義、3一夫多妻制です。もちろん、偏見を持たずにイスラームを語ることが出来る民衆は存在しますが少数派です』

 1、2、はキリスト教にも、他宗教にもあることです。3、イスラーム教では4人までは持てると言ってます。何がなんでも、4人を持てと言ってるわけではありません(笑い)。内縁ではないので妻として平等に扱われるぶん良いのかもしれません。そもそも、一夫一婦制って誰がいつ決めたのでしょうか?キリストは言っていません。多分、教会がどっかで決めたのでしょう。

 イスラーム勢力の征服戦争によってイスラーム教徒男性の戦死者が多く、寡婦がたくさんいたため、イスラーム法ではイスラーム以前の無制限の一夫多妻制に、4人までという人数制限をたという解釈も成り立つわけです。何分、出来たのは7世紀のことです。西洋流の価値観がスタンダードになったのは最近です。今となったらそぐわないものもあるでしょう。国によって随分違いがあるようですが、教義として残っていても現実生活ではそうでないものも多いのです。一般庶民は一人持つのが精いっぱいでしょう。

 女性差別の問題が言われますが、教義はいかようにも解釈されます。力の強い方(男女なら男)、権力のある方に都合よく解釈されてきたのでしょう。日本も戦前は男尊女卑という言葉が存在していました。
誤解されているような教えならこんなに、広く深く、広まらなかったと私は思うのです。教典を読んだ訳ではありませんので・・面白い文言を見つけたのでコピペしておきます。

妻の躾(コーラン)
『汝らは、不忠実、不行跡の心配のある女たちには(まず)諭し、それでもだめなら寝床の共有を止め、それでも効きめがなければ(軽く)打て。それで言うことを聞くようならば彼女に対して(それ以上の)ことをしてはならない。アッラーこそは至高者、偉大な御方であられる』
その後に
『あなた方は誰一人として、奴隷に対してのような方法で自分たちの妻を打ちながら、夜には性交をするようであってはならない』と。
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