『分断国家の参加問題』

 東西に分かれたドイツ、南北に分かれた朝鮮、北京政府と台湾の二つの中国は参加を巡って複雑な問題を抱えたのでした。

 ドイツは第2次世界大戦後、初めて開かれたロンドンオリンピックには、日本と共に参加が禁じられました。15回のヘルシンキオリンピックでは西ドイツ選手のみの参加に終わりましたが、16回のメルボルン大会から東ドイツとの連合チームで参加したのは嬉しいニュースでした。1964年の18回東京大会まで続きました。
 西ドイツのミュンヘンで開かれた20回大会では、東西ドイツの面目をかけたメダルの獲得競争は熾烈で、両国の合わせたメダル数(106)はアメリカ、ソ連をしのぎました。東ドイツは金メダル20で3位、開催国西ドイツは金メダル13と日本と同数で、メダル数40は4位でありました。

 中華人民共和国(1949年成立)は1952年のヘルシンキ大会から参加しました。ところが、国連安保理常任理事国の「中華民国」(台湾)と「中華人民共和国」が正統政権の地位を争う「二つの中国」問題は五輪にも波及しました。IOCは中華民国としての台湾の正当性を認め続けると、中国は「IOCが『二つの中国』を作り出す陰謀を持っている」として、1958年IOCを脱退し、16回のメルボルンから21回のモントリオールまで参加しませんでした。
 米中国交正常化の1979年にIOC復帰を果たしましたが、今度は台湾がIOCを脱退しました。復帰後の1980年モスクワ大会では、冷え切ったソ連との関係を反映して米国、日本、西独などと歩調を合わせ、参加を見送りました。1984年のロサンゼルス大会が本格的五輪復帰となったのです。 復帰後の中国は、アメリカ、ロシアに肩を並べる世界の強豪になって、自国開催の北京大会では実に100個のメダルを獲得したのでした。
 現在、ロサンゼルス大会から、台湾海峡両岸の選手団が共にオリンピックに参加するようになっています。
『2020年東京大会、尖閣問題で中国不参加を表明』とならないことを願います。

 北朝鮮は1964年の冬季・インスブルックオリンピックから参加し、夏季オリンピックは1972年のミュンヘンオリンピックから参加しましたが、ロサンゼルス大会、ソウル大会には参加していません。ソウル大会では、北朝鮮側は当初共催を要求していました。韓国側は3種目までなら同意するとしていたが、北朝鮮側は全選手の1/3に当たる競技数を要求したため成り立たず、実質交渉破綻による共催不成立で、参加もボイコットしたのでした。(1990年代以降、韓国との合同チーム機運が高まり、世界卓球選手権やFIFA U-20ワールドカップでは南北合同チームを結成しています)

©Daichi Ishii Office, LLC.