私の辞令は、タヒネの最終公演の告知とドッキングすることで、よりセンセーショナルな形で報道されることになった。
「タヒネ、『人生の』最終公演 タイトルは『おばさんは小娘に殺される』」
「厚生省お抱えアイドル第二号誕生! ミアハ、初仕事は前代タヒネの公開処刑」
「一体何があったの?! 公開セックス、妊娠、中絶、そして今度は公開殺人! タヒネとミアハ、国民精神健康保健センターの光と闇」
 一切のメディア露出をネムルによって断られている私に対して、タヒネはまるで生きた痕跡を残そうとするかのようにメディアに出まくっていた。タヒネの常で、カメラを向けられると途端に輝き出すので、「タヒネ元気じゃん」「なんで死ぬの」「余命三ヶ月って言われてるなんて嘘みたい」という反応が多数出るほどだった。センターにいる時はもはやほとんど寝たきりなのに、テレビに出る時は車椅子も使わずしゃきっと立っていた。おしゃべりの調子もすさまじく良かった。今までに無い公演の是非を問うべく組まれた、タヒネ特集の討論番組では、識者に取り囲まれ、
「なぜあなたはわざわざ命を削ってまで、批判の相次ぐ身体提供や過激な性表現、妊娠や中絶を繰り返すのですか?」
と問われ、こう答えていた。
「確かに批判は沢山来ます。ただしどれも私の心には響きません。なぜなら批判を言う人より私の方が百倍強いからです。本当に私を止めたいなら、私に体当たりで挑むなり、私を超える活動をするなり、いくらでもすればいいでしょう。そうしないで安全なところから文句を言っていたいだけなのは、今回の件への反応でも分かります。誰も私の死を喜ばず、自称人権団体さんたちは『死で責任をとったことにはならない』とか『無意味な死こそ最大の人権侵害だ』とかばっかり。まるで私が死んだら文句を言う相手がいなくなるから悲しんでいるみたいですね。あ、勿論償いのために死ぬのではありません。自分の死は必然です。公開セックスも、とっかえも、中絶ショーも、全て命が削れるのを見越してやってきた。それが今回の最終公演で完成するのです。だから『タヒネは自分で自分の寿命を縮めて自業自得だ』とかいう批判は的外れですからね。私は死ぬ予定でやってきたんだから」
 テレビが眩しくなるくらいにまばゆい光を放ちながら明朗に話すタヒネに圧倒されたのか、並みいる識者が黙ってしまったので、司会役のキャスターが質問した。
「大切な人にはあなたの死を伝えましたか?」
「大切な人? そんなのいません。私にとって一番大事なのはテレビの前にいる私のファンです。名前も知らない、何の取り柄も無い、アイドルなんかにうつつを抜かしている、どうしようもないお前らです。だからテレビさん、せいぜい頑張って仕事して、私の死を告知してください」
 こんな調子なのでもともとタヒネをよく思っていなかった人達の火に油を注いでしまったようで、翌日の新聞にはタヒネに対する抗議広告が、なんと見開き二面、でかでかと出てしまった。
「わー、お経みたい」
 さまざまな団体の共同出資による、細かい字で延々批判が書かれたその紙面を見るとネムルは呑気に笑って、声に出して読み始めた。
「女性の権利団体『女性を性の対象として見る目を助長している』『セックスは女性の尊厳。公開で誰とでもセックスをするショーは、その尊厳を傷つける行為である』『愛情の無いセックスを世に蔓延させており、公序良俗を乱す上に、女性の安全を脅かす』『中絶反対』障害者の権利団体『過度なとっかえにより貴重な身体パーツを無駄にしている』『性の対象として障害者を扱うのは、障害者蔑視であるとともにいびつな性嗜好を助長する』子供の権利団体『国民の子の将来が危ぶまれる』『グッズ感覚で子供を配るな』『中絶反対』精神疾患患者の権利を守る会『私達の苦しみを戯画化している』『タヒネの公演に通っても全然具合が良くなりません』倫理団体『国民の子反対』『中絶反対』宗教団体『中絶反対』『セックス反対』」
 途中からネムルが即興でメロディをつけて歌い出したのでそのままファッションの新曲になりそうだった。広告の中央には「答えよ、タヒネ 死は私達への回答になりません」と、標識のような真っ赤な極太のゴシック体で大きく書かれている。
「あっははー。これじゃあ昨日テレビでタヒネが言ったとおりじゃんねー。結局死んでほしくないのよね! タヒネに構って欲しいだけなのよね!」
「もしかしたら、昨日のテレビと入れ違いになっちゃったんじゃないの? 一日でこんないろんな団体を集めた広告出すの無理じゃん」
「だとしたらタヒネはナイス予言者」
 ネムルが「障害者の権利団体」のところを指でピンピン弾いて、
「これ、ミアハがICUに出た時言ってたのと一緒だねー」
 にやにやしながら私を見てきたので
「あーっ!」
 死んでしまいそうなほど恥ずかしくなった。あの時の私の言動を記憶しているネムルの脳の部位をレーザー光線で切り取ってしまいたい。あんな子供みたいな物言いをして、そう、ネムルの言う通り、私は構って欲しいだけだった。この広告を出した人も、きっとあの時の私と同じ気持ちなんだろう。ただタヒネが眩しくて、近付きたくて、触れてみたいだけだし、きっと触れるどころか殺すことの出来る私を羨ましくて仕方無いんだと思う。
 その新聞広告への答えとしてなのか、なぜかその翌日に身体提供センターから「身体提供者は年々増えており供給過多なので、タヒネの公演がパーツの無駄遣いになるわけではありません」という旨の説明広告が出され、その更に翌日には障害者団体より「いっぱりあるからって無駄にしていいわけじゃねえだろ」という旨の広告が載り、更に厚労省から「タヒネの最終公演はタヒネの独断であり、精神保健局長としての公務ではありません」という謎の責任逃れの広告が出たりして、すっかり社会を巻き込んだ騒動になってしまった。タヒネが私に殺される前に誰かに殺されてしまうんじゃないかとヒヤヒヤしたけど、そこはネムル率いる警察庁の完璧な警備のお陰か、または単にそんなに度胸がある奴がいなかったのか分からないけど、とにかくタヒネは無傷だった。
 マチコは、はじめこの件を知った時はさすがに取り乱し、髪の毛を引っ掻きまわして全部毟り取るかというくらいに引っ張りまくった後、目の前にいた私の胸倉を掴んで「絶対殺さないでください!」と叫び、私の決意が揺るがないことが分かると取材で不在ばかりのタヒネに手紙を書いて説得したり、街に出て「タヒネ死なないで」という書名を集めたり、手を尽くした後も部屋にいる時は発情期の動物のようにそわそわうろうろして、ネムルや私につっかかったり(ネムルはひょうひょうとしてるし私は覚悟が据わっているのでマチコは心のやり場が無いようだった)、とにかく目障りで仕方無かったんだけど、公演のチケットが完売したあたりでやっと落ち着いて、というか諦めがついたようだ、と思っていたら、ある時ぽつりと呟いた。
「タヒネさんがいなくなったら、ミアハさんがアイドル、ネムルさんはマネージャー……私はどうなるんでしょうか」
「……」
「……」
 ネムルも私もしばし沈黙していたけど、実はマチコのいない時、ネムルは「タヒネの葬式が済んだ頃マチコはクビにしちゃおっかな」と言っていた。
「厚労省に履歴書送ってみればー? 上が良いって言ったらここに配属させてあげるけど」
「……ミアハさんの辞令はあんなに早くとってきたのに、私には口利きもしてくれないんですね……」
 マチコは小さい目を精いっぱい見開いて怖い顔を作って、ネムルと私を睨んできた。あー。最近マチコの嫉妬が激しいんだ。ネムルと私は一瞬目配せして「めんどくせー」と心の中で言い合った。慣れない表情を作って目がおかしくなったのか、しばし眼球をぎょろぎょろさせて白目を見せていたマチコは黒目を見つけて元に戻ると、とつとつと語り出した。
「私……今まで、落ち着ける自分の居場所って無くて……。家は娘を心中嬢に出すようなところだし、学校でもずっと苛められてきたし……。こんなに居心地の良い場所ってここが初めてなんです。私、ずうずうしいかもしれないけど、タヒネさんやミアハさん、……ネムルさんのこと、家族みたいだって思ってるんです。だから……、仕事はいくらでもします、これからも……置いておいてほしいんです……」
 マチコは最後俯きながら嗚咽混じりになり、ウッウッとオットセイみたいに泣き始めた。再びネムルと視線を交わし「うわー自分語りの上に泣き落とし、めんどくせー」と心の中で言いあったけど、ネムルの目がくりくりっといたずらっぽく動いた。
「じゃー、ほんとに家族になっちゃうー?」
「えっ」
 マチコがハッと顔をあげた(頬が濡れてなかった。嘘泣きかよ)。
「マチコ、結婚しようかー」
「――!!」
 マチコは闘牛みたいに突進してネムルに飛びかかった。
「本! 当! ですかー!」
「うん、別にいいよー。僕ももうオッサンだから身を固めときたいしー。でもタヒネの喪が明けてからね」
「勿論です! あー! わー! キャー! 私の王子様ー!」
 凍りつく私をよそにマチコは窒息させる勢いでネムルを締め付け、ネムルはされるがままになっていたけど、首だけ私の方へと回して、口の形で私に「う」「そ」と言った。
「ネムルさん、チョコレートの匂いがするー」
「うっ……」
 その台詞を聞いたら私は顔を押さえて、自分の膝を拳でガンガン殴って、気持ちを抑えなくてはならなかった。ネムルが女だって、バラしたくて仕方無いのは、マチコへの親切心なのか、マチコへの嫉妬なのか、分からなかった……。どうせまたニセモノのプロポーズだって、分かってるのに……。
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