「なんで帰って来た翌日にすぐ仕事入れるのさー! 鬼! 金の亡者!」
 私は運転席のネムルの背中へ向けて罵倒の限りを尽くしていた。
「しかも、てことは帰って来る前に仕事受けてたってことでしょ! 私がPTSDにでもなって、うつろな目でごはんも食べられなくて、壁に向かったままぶつぶつ呟いて……ってなってたらどーしてたのさ!」
「ミアハはもうBPDだから大丈夫だよーん」
「ハア!? 何それ!」
 ネムルの運転はまるでタイヤがスーパーボールで出来てるみたい、「転がる」というより「弾む」感じで、シートベルトをつけているにも関わらず隣にいるマチコと何度も頭をごっつんこさせている。
「そもそもあんな所にひとりで送り込むこと自体無茶振りっていうか、虐待! ヒサイチったらひどかったんだから、道路はガタガタだし、埃はひどいし、ごはんはまずいし、シャワーも節水だし……聞いてる?!」
「ミアハ、PTSDじゃなくてPMSじゃないのー?」
「バカじゃないの?! 生理なんか来ないよ! 私子宮無いじゃん!!」
「じゃあさ、ちょっと落ち着いてよ」
 ネムルはスピードを緩めぬまま突然後ろを振り向き、真顔で私を見た。
「ちょ! ネムルさん!! 運転!!」
 マチコが絶叫する。
「僕らは、ミアハを信じてるから、次の仕事もとって待ってたんだよ。まあ、いいじゃない。時間の無いタヒネと僕にしては、荒療治ではあったけどミアハが急成長してくれたことは本当に感謝してるんだよ」
 自転車の壊れたブレーキのごとくキーキー叫ぶマチコをよそに、ネムルは後ろを向いたまま二つの赤信号を突破した。それでも事故らないのは……この車が救急車だからだ。
「ひょー、救急車が人を轢いたら自給自足だねー」
 白目を剥くマチコの絶叫がモスキート音に近付いたところでネムルが前に向き直った。
「……」
 なんだか言いくるめられてしまった感じがする。こういう時、やっぱりネムルはタラシだなあと思う。さすがアイドルやガールズバンドと次々寝たというだけある。
「でっもさー、なんか、僕がミアハのマネージャーみたいじゃーん? お仕事もとって、こーやって車の運転なんかもしちゃってさー」
 そう言うネムルに、マチコが身体をくねらせた。
「ごめんなさい、私まだ十七だから免許取れなくて……でもミアハさん、ネムルさんがマネージャーなら私もそうです。遠慮なく何でも言ってくださいね!」
「ああ……あんたに遠慮したことは無いけどさ……」
 せいぜいネムルの女房面してまとわりつくのをやめてもらいたい。地球外生命体が人間に寄生するSFホラーを観ている気分になるから。
「ほら、ついたー。あっははー、速過ぎてナビが混乱してるよ」
 一時間かかる予定の道のりを五分で走破したから、ナビは「目的地周辺です」を繰り返しながら地球全体を俯瞰するマップを映し出していた。
 辿り着いたのは「国立名誉国民老人ホーム」。名誉国民とは聞こえが良いけれど、要は戦争ボケの元軍人を集めた老人ホームだった。なんと全員まだ戦争が終わっていないと思い込んでいるという、施設全体がタイムカプセルに包まれたような場所なのだ。建物自体、今にも崩れそうな木造の、まるで戦時中からワープしたような代物で、戦争が終わったことを教えてあげたらあっという間に崩れてしまいそうだ。
「ここは元練兵場だったんだよ。老人ホームになる前はなかなか有名なホラースポットだった。ていうか、今でもホラーだけどさ。あ、見て見て、竹槍訓練してるー」
 ネムルが指した方角には庭があるらしく、老人達の「エイエイオー!」という掛け声がうっすらと聞こえてくる。目を凝らすと確かに、腰を低く構えた何十人もの老人達が声に合わせて槍を突き出している姿が見える。
「作業療法になるんだねー」
 のんきなネムルの声にかぶせるように、「キエー」という怪鳥のような奇声が聞こえてきた。確かに未だ現役のホラースポットだ。
「あれだけご立派な軍人魂をお持ちの方々を、安楽死なんて不名誉な死に方させるのも忍びないってわけ。たとえ身寄りが無かったり、家族からお世話を放棄されてて安楽死申請要件を満たしててもね。そもそもボケてるから本人から安楽死申請出ても無効になっちゃうし」
「それで、こういう井出達なのね……」
 今回の私の服装はトリコロールカラーのストライプに星が散りばめられたワンピースと、おそろいのベレー帽だった。どこかの国の国旗をモチーフに、例の白衣マスク集団が作ったらしい。ネムルは全身カーキの軍服に、ヘルメット。
「救急車じゃなくてジープで来た方が良かったんじゃないの?」
「ムリムリ、自衛隊にコレ借りるだけで精いっぱいだったんだから」
 ネムルが指した救急車の後部座席――本来担架が運び込まれるところ――には、自衛隊から借りた巨大な望遠鏡みたいな兵器が鎮座していた。
「これ、ロケットランチャーとかいうやつ?」
「そうっぽいけど、昨日勝手に改造しちゃった。重くてミアハが持てないからね。ボタンひとつでワンタッチ発射出来るようにしたよ」
「……ふうん……」
 借り物なのにいいんだろうか。まあ暴発とかしなければ何でもいいんだけど。それにしてもネムルは器用だ。
 車から降りると、まるでマラソンのゴール地点みたいに、見物客がぎっしり詰めかけており、私達を見とめると、
「ミアハー!」
「ネムP!」
と一斉に歓声が沸いた。テレビのカメラや記者らしき人もいる。
「なんでこんなに人がいるの?!」
「んっふー。昨日ネットで仕込んでおいたの。ミアハのお仕事デビューを華々しく飾るためにね! みんなー!」
 ネムルが両手を振ると、
「ネームーP! ネームーP!」
 手拍子とともにネムPコールが始まった。
「ネムP……?」
 ネムルの肩にいそいそとマーチングバンド用のスネアドラムを下げるマチコに聞くと、
「ミアハさんを応援する人達がネット上に集まって、ミアハさんの応援ソングを作ってたんです。歌詞が出来たところで、昨日ネムルさんがメロディをつけて配信したそうですよ。Pはプロデューサーのことです」
 ネムルはバチをもった両手を頭上に高く掲げた。
「みんな、『殺戮・ア・ゴーゴー』、覚えてくれたかなー?」
「イエーイ!!」
 見物客は拍手と足踏みで熱狂的に応えた。マチコはいつのまにか大太鼓を構えている。
「じゃあ、皆で作った、ミアハのデビュー戦を飾る応援ソング、サプライズでミアハに聴かせちゃいましょう! いっせーのーせっ」
 スネアドラムでリズムをとるネムルに合わせて、見物客はまるで運動会の応援団のように、太鼓を伴奏にして行進曲調の歌を歌い始めた。
「ジーザスファッキンマストダイ~、天国手招きマストカム~」
「へなちょこ帰宅部ゴーホーム~、孤独な老人ゴートゥーヘル~」
「最終兵器はかのっじょ~、放課後抜け出すジュブナイル~」
「いくつもの夜を飛び越えて~、大人の階段飛び級するのよ」
「卒業式まで死にませんー、出席日数足りませんー」
「必要悪なら不必要ー、ヘモグロビンが足りませんー」
「神様なんかなりたくないー、天使なんかじゃないー」
「死神なんか同業他社ー、少女は二度死ぬー」
 な、なんだこりゃ……。
 歌詞の意味不明さより何より、昨日配信されたばかりの曲を、ネットで集めた烏合の衆が歌っている割にはものすごく統率されていて、それがすごく気持ち悪い。この数の口が一斉に同じ形に開くのを見てると、まるで沢山の頭を持ったヤマタノオロチみたいなモンスターに食われそうになっている気分だ。それにしても変な歌……。これがネットで皆で作った歌詞だなんて。でも歌う人達はすごく楽しそうだ。多分、本当にこの歌を好きで歌ってるんだろうな……。何だか帰りたくなってきた。と言うか、私がいなくてもいいんじゃないか? 一人だけこの歌を好きじゃなく、知ってもいず、棒立ちで真ん中に立たされてる私……。むなしい。
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