センターに戻って来ると、ネムルがすっ飛んできて、私の足元にタックルを仕掛ける勢いで滑り込んできて、土下座した。
「おかえりなさいませー天使様ー! よくぞご無事でー!」
 メッカのお祈りみたいに何度も両手をあげてはひれ伏し、「ははあー! ははあー!」と繰り返している。
「天使様……?」
 パンツを見られそうで二、三歩退きながら、ドタバタとネムルを追いかけて来たマチコを見ると、
「おかえりなさい! 今メディアはミアハさんで持ちきりなんですよ。ミアハさん、すごいです!」
 マチコが示した床にはまたもや、ネムルが散らかしたであろう新聞や雑誌が咲き乱れていた。
「『死にたガール』→『生かせアイドル』→『殺しの天使』 ミアハ、ヒサイチ市の安楽死要請百三十九件を一括処理」
「公共のシンデレラ、殺人ボランティアで社会貢献」
「ミアハ(十八)、あなたをイカせてあげる❤ 血まみれジェノサイドで瀕死患者を一掃」
 血まみれジェノサイドの見出しの横には、いつ撮ったのだろうか、初めの病院で五人の死体を背に返り血を浴びまくった姿で病室を後にする、どこかハードボイルドな私の写真が載っていた。
「厚労省から感謝状も出てるよ! ハイ!」
 ネムルは自分くらい大きな額に入った立派な賞状を抱え持ってきた。
「感謝状……? 別に私、殺してって言った奴を殺しただけだけど」
「それが国のため社会のため病院のためだったのよー。身寄り無し、財産無し、回復の見込み無し! 三無い老人はすっきり殺してデトックス!」
「ヒサイチ市で急増していた安楽死申請が、看護師の職務怠慢で滞っていたらしいんです。まあ、誰だって殺すのは嫌ですしね。これで病院はベッドが空くし、経営も良くなるし、老人は苦しまずに死ねたし、みんな満足なんです」
「厚労省のお役人もご機嫌直すどころか、大満足のご満悦! タヒネの首もつながったよー! やったねミアハ!」
 ネムルとマチコが口々に褒めそやすけど、私はいまいち実感が湧かない。というかなんで褒められているのか分からない。
「うーん、ミアハちゃんなんかセクシーな香りがするー、血の匂いかな?」
 ネムルが鼻を擦り寄せてくるのでしっしと追い払う。
「血の匂いなんかしないよ! 写真に写ってる時以外は薬で殺したもん」
 はじめの病院で激情に駆られて必要以上に病院を汚してしまい、反省した私は、以後は看護婦に指示された方法で殺したのだ。そうか、あれは、病院が汚れないようにじゃなくて、楽に死ぬための方法だったのか。でも、薬で殺すなんて本当に簡単、それこそ自分の手首を切るより簡単だったのだ。
「それより、タヒネは?」
「タヒネは……寝てる……」
 ネムルが若干言い淀んだのが気になったけど、ちょうどその時扉が開いてタヒネが入って来た。
「ミアハ、おかえり。よくやったな」
「あ、タヒネ。起きてたんだー」
「ルーキーの帰還を待って起きてたんだよ。さすが私の見込んだ女だな」
 タヒネは車椅子に座っていた。もともと背が高くて脚も長いタヒネと比べると急にしぼんでしまったように感じる。もう立っていられないほど、具合が悪いのだろうか。顔色も良くないし、生気を奪われた感じがする。「中身もガッスガス」というネムルの言葉が蘇る。
「ミアハのことは、『視察』と言う名目で送りこんだけど、本当は自分の仕事を見つけに行って欲しかったんだよ」
「仕事……」
 これが仕事と言ってしまうのは、随分あっけない感じがする。それこそボランティアでちょうど良い。
「『殺しの天使』、いいじゃないか。別に『性菩薩』を継ぐ必要は無い」
「……天使なんかじゃない」
 そう、私の違和感はこれだった。私に殺されようとする人、看護婦、皆が私に感謝したけど、まあ感謝はいいとしてやたらと神様仏様扱いするのには苛立ちを抑えることが出来なかった。私はただの、ものを知らない家出娘なのに。無責任に、よく言う。
 タヒネは中身の無い身体に響かせるように、あっはっはと大きな声で笑った。
「そんなことを言ったら私も菩薩なんかじゃないよ。まあ、そんなもんさ。寝る」
 タヒネは急に飽きたように素っ気無くなって、部屋を後にした。
 タヒネに褒められたのは嬉しかったけど、タヒネに近付けた感じは全然しなかった。菩薩と崇められるタヒネは、もっと激しい違和感を手なづけているんだろう。そして、壁に囲まれた心の中で「誰も、私を、分からない」と諦めているのかもしれない。
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