タヒネはもともと、アイドル戦国時代に生まれた「GYU」というアイドルグループのメンバーだった。握手会がウリのグループで、ほぼ毎日ホームの劇場で行われる公演など、ファンとの距離が近いことが話題となってアイドル戦国時代の頂点に登り詰めるほどの人気グループとなった。タヒネは歌も踊りも下手で、顔もそこそこ、数多いメンバーの中でもあまりぱっとしない部類だったけどスタイルがとても良かった。そのアイドルグループは、過激なグラビアや、きわどい歌詞の楽曲を作る割には、古風なアイドル像を提供して夢を売るようなところがあったから、本来アイドルなら不文律である恋愛スキャンダルの御法度を、「恋愛禁止」とわざわざ明文化して、アイドル自身にも明言させていた。でもタヒネは、握手会で知り合ったファンと付き合っていたのを週刊誌にスッパ抜かれてしまった。しかも、アイドルファンはアイドルが処女なのを夢見るけど、その記事を読めばそうでないことがハッキリ分かった。でも、そもそもその時点で二十歳を超えていたタヒネは、処女である方が不自然だった。開き直ったタヒネは、グループを辞めさせられる前に、同じく二十歳を超えている数人のメンバーと一緒に「FOO」という新しいグループを立ち上げ、自分からGYUを脱退した。
 GYUの握手会に対抗して、FOOは「耳フー会」をウリにしていた。メンバーは全員非処女を公言し、GYUより大人っぽい衣装やダンスで、セクシーな楽曲を歌った。はじめは話題だったものの、アイドルブームが収束するにつれて人気も落ち、生き残るために更に過激化していった。耳フー会から、ハグ、キス、というように。
 過激化すると、そもそも古風なアイドル像を夢見ていたGYU時代からのファンはついていけなくなる。そして、エロ目当ての新しいファンが参入して、客層は荒れていく。メンバーも、そもそも「GYUではのしあがれないからFOOに来た」という、タヒネへの賛同というより戦略的に加入した者もいたから、仲間割れもしたし、脱退者も出た。それでもタヒネは「自分達が本気じゃないから、ダメなんだ。本気で臨めばファンは絶対応えてくれる」と言って活動を続けた。他のメンバーのファンはともかく、GYU時代からのタヒネファンは根強く応援してくれた。一度裏切られているから、結びつきが強いのだ。
 そんな時GYUにスキャンダルが起きた。主要なメンバー三人が、実は脚をとっかえていたという記事が、とっかえ前の写真とともに週刊誌に載ったのだ。その三人は以前からファンの間で「脚だけ白い。不自然」と噂されていたのだけど、実は海外から白人の脚を輸入していたことが分かった。とっかえて人前に出ることは別に違法ではないけれど、健常者がわざわざ、しかも海外から法外の値段の脚を買うことは倫理的な反感が強かったし、何よりネムルいわく「アイドルが絶対やっちゃいけないのは、セックス、整形、とっかえ」。やってもいいけど、バレちゃいけないし、でも、やったら結局バレる。タヒネが言った、「アイドルに一番必要なのは『元が良いこと』」というのはこういう意味だったのだ。
 GYU全体が批判に晒された時タヒネはどうしたかというと、なんと全裸の写真集を出した。そして、GYU一のスタイルと言われた身体を披露しつつ、自分の身体に継ぎ目ひとつないことを証明した。そして「GYUでとっかえてないのなんて私くらいですよ。だって、誰も全裸写真集を出さないでしょ」という爆弾発言をして、GYUを解散に追いやった。でもこれは、恋愛禁止違反による解雇や、FOO同様のパフォーマンスの過激化を続けて既に崩壊寸前だったGYUに対して、タヒネが渡してやった優しい引導だった。そして、FOOも解散し、タヒネは写真集がバカ売れする最中に表舞台から忽然と姿を消してしまった。
 タヒネは新しいアイドル像を開拓しようとして密かに情報収集しているところでネムルと出会った。ネムルは音楽プロデューサーで、アイドルやガールズバンドに楽曲提供して次々ヒットを飛ばしていたけど、すぐにメンバーと寝てしまっておじゃんにしていた。もうありきたりな女の子ボーカルは飽きたし、もっとすごい歌い手はいないのかと思っていたところで「完全に開き直ってた、瞳孔の開きまくったタヒネと出会った」。二人は特訓のためにしばらくこもった。
 タヒネが表舞台から姿を隠して一年後、「元アイドルグループGYUのタヒネさん、脚売却」というニュースがメディアを駆け巡った。タヒネの脚はオークションにかけられ、ファンに超高額で落札された。そのお金でタヒネは海外の脚を買った。そして、ネムルと二人で「ファッション・メンタル・ヘルス」としてデビューした。
 タヒネの復活を待ち侘びていたファンは、とっかえによって更にスタイルが良くなったタヒネを見て騒然とした。初公演でのタヒネの言葉は伝説になっているらしく、これはマチコがやすやすと諳んじた。
「私は、ファンと寝てGYUを追われた。でも本当は、全てのファンと寝たかった。皆が望むならそれを叶えたかった。これからは、皆の性なる気持ちに応えていきたい」。タヒネがステージを降りて客席通路を歩くと、両側からファンの腕が伸びて、タヒネを優しく撫でていった。「まるで幻みたいに綺麗な女の人が現れたから、幻じゃないか恐る恐る触って確かめてるみたいだった」。暴動も喧嘩も起きなかった。アイドルゲリラ時代、客席が荒れやすくケガ人は当たり前、石が飛んでくることもよくあって、アイドルが客席に降りるなんてあり得ない時代に、これは奇跡的なことだった。
 極端なとっかえによってキャラを演じ分ける仕掛けは当初からあったけれど、全て海外のパーツを買っていたため持ちネタは少なかった。でもある時のタヒネの「皆と寝たいけど、穴がいくつあっても足りないね」という発言がきっかけで、ファンレターに生殖器が挟み込まれてどしどし届くようになった。主にトランスジェンダーや性的虐待を受けた女の子からだった。それを身に着けたタヒネが「姫」のパフォーマンスをすると、生殖器だけでなくいろんなパーツが送られてくるようになって、今のような多彩なとっかえをするようになった。
 使い切れないパーツを身体提供センターに寄付したことがきっかけで、厚生労働省にも注目され始めた。鬱病、境界性人格障害、性同一性障害、リストカッター等の間で爆発的人気となっていたファッション・メンタル・ヘルスは、精神科医に「治療に効果あり」と認められ、精神疾患患者の急増、少子化、不妊、障害者や非モテの性介護問題の対策を急いでいた厚生労働省によって保険適用対象となった。タヒネは精神保健局長に就任した。
「タヒネ様は、アイドル戦国時代を制したGYUでもあり、アイドルゲリラ時代のパイオニアでもあり、そして、国家に保護された唯一のアイドルでもあるんです。そんなタヒネ様を継ぐのはすごいことだけど、ミアハさんならきっと出来ます。だって、私の憧れだもの。ノウガク町の死にたガール!」
「その名前で呼ぶなって」
 マチコをぶっ飛ばそうと思ったけど、キラキラしたマチコの目を見たらひるんでしまった。この目が、いくつも、ステージの下から見上げていて、タヒネは、死ぬ寸前までそれに応えようとしている。特にマチコのは強烈だった。
 私はやっぱり、すごい人のマネージャーになってしまったのかもしれない。
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