結局劇団のランクを落としまくり、最終的に受け入れてもらえたのは「障害者互助施設あゆみの会」というところだった。なんだこれ、劇団じゃないじゃないか。
 公民館のようなその建物には身体のどこかしらのパーツが足りなかったり、あらぬ方を向いていたり、ブツブツうわ言を繰り返していたりする(頭のどこかしらパーツが足りないらしい)、人間のポンコツみたいなのが集合していた。ということはここは人間の修理場なのか。いや、スクラップ置き場かも。ぞっとしないまま、稽古場に連れて行かれ、「ケアプログラム」というものが始まった。
「ある日、浦島太郎が浜に出てみると、カメが子供たちにいじめられていました」
 ナレーター役のケアマネージャーが言うと、
「やーいやーい、ぐずーのろまー社会のゴミー税金泥棒ーつんぼつんぼ!」
 右目と左目の黒目が真逆の方向を向いている青年がおかしな角度に曲がった手首で亀役の老人をぺちぺち叩く。
「こら! カエル君、悪口言いすぎ!」
 ケアマネージャーが注意する暇も無く老人がキレて
「何だとこの、ロンパリ!」
と杖を振り回す。それがとばっちりで浦島役のおでこに当たり、逆上した浦島、亀、子供の三者で乱闘が始まる。乙姫役の私の出番はいつ来るんだろう、と呆然としていると、お尻に湿った何かがへばりついたのを感じ「ヒィッ」と思わず声を上げる。それは手だった。中年おやじの。全ての顔の筋肉が緩みまくって目やにも涎も鼻水もものすごく出てる禿げた中年が私のお尻を触りながら
「お昼寝まだ?」
とヌカしている。
「ふざけんじゃねーよ!」
 その手を掴んでありえない方向に捩じり上げてバキバキ言わせながら身体ごと床に叩きつけた。
「ミアハちゃん、暴力はダメ!」
 ケアマネージャーがすっ飛んできて、たちまちのうちに私は抑えつけられてしまった。理不尽だ。
 当分私の出番は来なさそう(いや、もはや永遠に来ないでほしい)、牢屋に入れられたような絶望した気持ちで稽古場の隅にたたずんでいると、ウィーンという機械音とともに、私のよりずっと俊敏に動く格好良い電動車椅子が滑り寄ってきた。
 乗っているのは私よりいくつか年上のお兄さんで、眼科で眼鏡を作る時に使うようなやたらゴツくてガチャガチャ金属がついた眼鏡をかけている。お兄さんは眼鏡をクイッと上げると顔を斜めに傾げ、
「ここ、レベル低くない?」
と言ってきた。それは今まさに私が思っていたことだけれど、何だかこのお兄さんの言い方、絶妙に鼻につく。わざと
「レベルって、何のレベル?」
と分からないフリして答えた。
「こう、芝居のレベル? ていうか、それ以前? 人間のレベル?」
 そいつが喋るたびに頭のグラつきに合わせて眼鏡がガチャガチャ言うし意味も無く車椅子を前後にウィンウィン言わせるからうるさい。じっとしてほしい。
「じゃあ、なんであなたはここにいるの?」
「それがさ、俺、役者になりたくて。いろんな劇団のオーディション受けたけど、身障ってだけでどこも門前払いでさ、とりあえずここからキャリアアップしてこうと思ったんだけどちょっとお話にならなすぎるかな」
「へえ」
 なんだか聞いたことがある話だと思いつつも何気ない素振りを装う。照れ隠しなのか、そいつがまたウィンウィンさせた。それが、そいつの無い足のかわりにボディランゲージを担っているのかもしれない。というか小心者の貧乏ゆすりみたいだ。そいつのズボンの膝から下は、中身が無くてぷらぷらしている。
「足はどうしたの?」
「これはタイキョー」
「タイキョー?」
「身体提供のことさ。足と目を無くした方が目立ってオーディション受かるかと思ったけど意味無かったわ」
 私はいよいよ、胸の奥に細い針をねじこまれるようなジクジクした痛みを無視できなくなり、
「じゃあ、健常者に戻ったら?」
 きつい口調で言い放ってしまった。
「ムリムリ。足も目ももう流通しちゃってるよ。若者のパーツは人気だからさ。買い戻すには結構金がかかるけど、謝礼でこの車椅子買っちゃったし。ま、もうゲームオーバーって感じ。目と足無いまま、ここでくすぶってるしかないんだよね、俺、アハハ。ま、ここにいればおまんまは貰えるし、たまに君みたいな話せる子も入ってくるから、最悪ってわけでもないよね」
 そいつは外人みたいにオーマイガーの形に手を広げてみせた。ああ、何なのこいつ。こいつ見てると尋常じゃなく苛立つ。
「ねえ、その車椅子、買ってあげようか」
 私は、そいつを谷底に突き落とすようなつもりで、そう言ってみた。
「え?」
「私お金持ってるし。そしたら足、買い戻せるんじゃない?」
「あ、うーん」
「あれ、いいの?」
「えーと」
「やっぱり、そうなんだ。本当は足買い戻す気なんか無いんでしょ。そうやって、諦めてることにして、自分に才能無いの認めるのが嫌なだけなんでしょ。不幸ぶってるのが楽なんでしょ。本当はここでくすぶってるのが気持ちいいんでしょ、他の奴見下しながらさ! 私はあんたみたいなゴミとは違うんだからね。私は! あんたみたいな! ゴミとは! 違うんだからうわああああ!」
 自分で言った言葉が自分に刺さって心の中が大出血した。私は
「違うあああ」
と壊れた機械のように叫び続けながら「あゆみの会」を脱走した。戻るんだ、あの、懐かしい、私の卵子を欲しがって絶叫する人や私の血を飲み干してくれる女医さんや私を天使と呼んでくれる受付のお姉さんがいる病院へ、戻るんだ。私はナイーヴで繊細で自分だけの才能がある。
「手と足、返してくださいううわああ」
 忘れもしない、私のために泣いてくれた受付のお姉さんにすがりついて泣き喚くと、向こうもすぐに私を思い出してくれて、私達は熱い抱擁を交わした。まるで巣に戻った雛みたいに安心しきってしまった。時が許す限りそうしていたかった。しかし背後からヌッと現れてきて私の幸福な時間を終わらせたのが、あの死神だった。
「無理です。もう売却されました」
「売却? もう?!」
「ハイ、健常者のピグマリオニストの紳士風の男性が手、足とも購入されました。健常者の購入申し入れが複数あった場合はオークション式で価格が決まるのですが、平均の二百倍の価格で落札されました」
「二百倍?! って、私の貰った謝礼の何倍ですか」
「まあ四百倍程度でしょうか。健常者に購入していただく場合はこちらも収益を出さねばならないのです。ご理解ください」
「でも、じゃあ、私、手足戻って来ないじゃないですかあ!」
「事前に申し上げたはずです、返還には応じられないと」
「うわああ」
 なんで、なんでそんなバカみたいな値段で。私の身体なのに。訳の分からないゼロがいっぱいついた数字と一緒に、遥か遠くに行ってしまった。
「なんで、血も卵子も、身体ばっかりちやほやされて、私は幸せになれないの?!」
 死神の胸倉に掴みかかった。
「実験体にしていいなら、いつでもちやほやさせて頂きますよ」
 死神は相変わらずの、呼吸もしてないような無機質な言い方でそう返事した。
「もう、死んでやる!」
 死神を睨みつけて、そう吐き捨てて病院を後にした。病院の出入り口から出ていく一瞬前、受付のお姉さんの声が聞こえた。
「あの子は病院の財政にとって『天使』だったのよね、おほほ」
 なんなんだ、どっちも死神だったんじゃないか。もう誰も信じない。
 私が病院の前で車に轢かれたらあいつらは悔しがるだろうか。「勿体無い、実験体に使えたのに」と言って。いや、そんなのダメだ、全世界に私の死を悔やませてやらないと死に切れない。全世界に私を知ってもらわないといけない。全世界に私という高貴な存在を失った痛みを感じてもらわないといけない。
 そうだ、キリアちゃんに写真を撮ってもらったみたいに。
 きっと、死ぬことだけが私の才能だ。
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