私はナイーヴで繊細で自分だけの感性を持っている。私には才能がある。私は親切で気が利くから、みんなが私のことを愛してくれる。
 早く大人になりたいと思う。早く大人になって、大きな仕事をして、もっと多くの人に自分の才能をしらしめたいし、有名になりたい。ママもそれを楽しみにしている。ママはあの日こう言った。十八になったら身体を売りなさい。
 私はナイーヴで繊細で自分だけの感性を持っている。
 鏡に向かって十回言う。四年ぶりに見た鏡の前で繰り返す。ママが私にかけた呪いを自分で自分にかけ続ける。
 確かにグズでブサイクで才能も無かったらマジでこの世に生きてる意味は無い。だから十八になるまではママのこの呪いが必要なんだ。
 グズでブサイクで才能の無い奴が同じくらいグズでブサイクで才能の無い奴と「君が必要」とか「君無しじゃ生きていけないよ」とか慰め合うのが世間の大衆の恋愛だ。ヘドが出る。だから私は恋人なんか要らない。この呪いがあれば十分だ。
 早く十八になって、合法的に身体が売れるようになりたい。待てない。
 待ってる間に日記をつけることにした。ていうか自伝? むしろ遺書? でも死なないから遺書とは言わないかも。
 私は絶世の美女としてこの世に生まれた。どのくらい美女だったかと言うとママは生まれた私の顔を見た途端「神の子か」と思ったらしい。だとしたら自分はマリアか? と、ぽーっとしてたらどたどたと病院中の看護婦さんが押し掛けてきて「可愛いわ」「綺麗だわ」「天使みたい」と言いながら奪うように私をだっこしまくったらしい。ママは「間違えました、あなたの子じゃありませんでした」と言って私をとられるんじゃないかと思ってひやひやしていたそうだ(多分今でもそう思っている)。
 新聞には「美人赤ちゃん現る」という記事が載った。その記事は私の成長に合わせて美人幼児、美人小学生と見出しを変えていきどんどん面積も大きくなった。毎朝家を出ると近所の人たちが集まっていて私を見ると溶けるような笑顔で手を振った。そして「ミアハちゃんを見ると元気が出るねえ」「生きてて良かったと思うよねえ」「毎朝拝まないと一日が始まらないよねえ」と言いながら満足げに解散するのだった。おかげで私は毎日学校を休めなかった。
 学校に着いたら着いたで待っているのはぴーぴーぎゃーぎゃーとわめく遠慮の無いガキどもだった。毎日が花いちもんめみたいだった。あの子が欲しい、この子は渡さん。どの子も「ミアハちゃんトランプしよう」とか「こっちでかくれんぼしよう」とか「ミアハちゃんこれあげる」とか「ミアハドッヂボールしようぜ」とか「ミアハちゃんはドッヂボールなんかしないの!!」とか、とにかくみんな私を少しでも長く視界の中に入れていたくて遊びの内容なんてどうだって良くて単に私に近寄りたいのだった。
 授業でも、私が指されて立つだけで、教室中が色めき立った。国語の教科書の朗読で一瞬でも私が詰まろうなら、漢字の読みを教えるヒソヒソ声がまるで合唱みたいに響いた。算数だって、隣の子が机からこぼれ落ちそうなくらいノートをずらして答えを見せてくれた。体育の時間に私が跳び箱で派手に転べば、みんなも真似して負けないくらい派手に転んで「先生、誰も飛べないから段低くしてください!!」と言い張るのだった。みんなで私を助ける競争をしてるみたいだった。
「サガル君、ミアハちゃんのことずっと見てるよ」
 そうわざわざ告げ口してくる女子はなんだったんだろう。私は気付いてた、モグル君だけじゃない、クダル君もカエル君もモドル君も、女子だって全員、みんな私を見てるんだ。
 女子たちのお気に入りの遊びは「とっかえっこ」だった。鉛筆一本、髪飾りひとつ、ちょっとしたものを交換して、こっそり一時間だけ授業を受けるのだ。クラス中の女の子の憧れである私の持ち物は大人気だった。文房具や身につけるものでは飽き足らず、そのうち右脚、左腕だけとっかえ始めた。
 一度、両手両足を交換して家まで帰って来たことがある。いつもより短くて黒い手足をつけた不格好な私を見たママは慌てて玄関から家の中へ私を引き入れ、
「何、みっともないことしてるの! 変な子だと思われるでしょ。ああ、恥ずかしい」
と感情的に叱りつけた。私は何がそんなにいけないのか分からずポカンとしてしまった。一息つくとママは、
「向こうの子がミアハの身体に傷つけたらどうするの。逆もそうでしょ。今すぐ返してきなさい」
と命じたので、焦ってその子の家まで行って元に戻した。向こうの子もママに怒られてたみたいだけどケロッとしてて、
「ミアハちゃんの手足長ーい。モデルさんみたいで楽しかった! また貸してね」
と言ってくれた。正直、ママがそんなに怒った理由がよく分からなかった。
 それからも私はママに秘密でいろんな子と身体のとっかえっこをした。ある子に貸した左腕が授業中いつの間にかクラス中の女子にまわされて、先生にバレてしまったこともあった。
「この左腕は、誰のですか?!」
 先生の雷が落ちて静まりかえった教室で、私はおずおずと手を挙げた。すると先生は私にくっついてた他の子の左腕を掴んで力まかせに引っこ抜くと、本物の私の腕をくっつけた。そしてまったくの不意打ちで私にビンタを食らわせた。先生の手元に残ったのは前の席の子の腕、その子についてるのは更に前の席の子の腕……結局クラスの女子全員が片腕をとっかえていたことが分かり、先生はため息をついた。
「いいですか、ミアハちゃんは可愛い。みんながミアハちゃんの身体をうらやましがる気持ちも分かります。でもみんなだってミアハちゃんと同じく、自分の大事な身体を持っているんです。みんなのご両親からもらった身体をどうか粗末にしないで。自分の身体は自分で守ること、いいですね」
 先生はなぜか声を震わせて泣きそうになっていたけど、私はなんかズレているなあとしか思えなかった。それに私だけビンタされたのは損だと思った。私が悪いわけじゃないのに。
 とにかく私はそうやって良くも悪くもみんなの注目の的であり騒動の中心だった。でもそんな小学校生活が嫌かと言うとむしろ好きだった。だってあの時はまだ、みんな考えてることと口に出すことが一緒だった。この時が一番幸せだったかもしれない。
©Daichi Ishii Office, LLC.