ある日のレストラン

 小綺麗なテーブルに若者が座っていた。シャンデリアが明るく照らす広いフロアにぽつん、と座っていた。びんぼうゆすりによって、テーブルはがたがたとうるさくゆれている。
 ちりん、と呼び鈴をならすと間をおいて給仕の女がやってきた。
 「メニューはお決まりでしょうか」
 テーブルの揺れが激しくなる。
 「お、お決まりだって?決まったからよ、呼んだんじゃないか!」
 若者は給仕を見ずに、せわしなく動いている自分の指を見ながら言った。
 「ま、まぁいい。それよりこの『優しさ』をくれ!は、早くしてくれ」
 「かしこまりました」
 給仕はそう言うと、奥の方へとフェードアウトした。





 程無くして、給仕は『優しさ』を持って来た。
 「冷めない内に御召し上がり下さい」
 蓋を開く。
 「……、なんだよこれ」
 若者は顔を茹でたロブスターみたいにして、荒く息をする。
 「ふざけるな!」
 若者は両手で勢い良く『優しさ』を叩き、パリンと割れた。それの破片が給仕の胸へといくつか突き刺さる。
 「こ、こんな大きなもの、どうすればいいんだ!僕は『心配』が欲しかったんだ!」
 若者は弾けるように机から立ち上がると、給仕の胸ぐらを掴み、唾を吐き散らしながら怒鳴る。
 「そ、それに君ときたらむ、無表情ですましやがって!お前らはいいよな、恨みも何も無くて!」
 「申し訳ありません」
 給仕は無表情に応えた。
 「黙れ!ほ、本当はそんな事ち、ちっとも思っていないくせに!死ね!」
 少女はびくっと体を震わせフェードアウトした。
 「全くこんな酷い所二度くるもんか!早く無くなればいいんだ!」
 ずかずかと大股で出口から出ようとした時、
 「待ちなさい」
 と黒い男に呼び止められた。
 「あなたはまだ代金を払っていないでしょう。払わずにここから出る事はできません」
 若者は激昂する。
 「だ、代金だって?こんな酷い店に、は、払う金なんて無い!」
 黒い男は無表情でそれに応える。
 「違います。私が言っているのはあの少女の事です」
 あぁそれか、と若者はつまらなげに言う。
 「ふん、あの役立たずの給仕の事か。あんな奴早く消えればいいのに」
 「先程彼女は自殺しました」
 若者の目がカッと見開かれる。
 「私はお客様に不快な思いをさせてしまった。だから罪を償うと彼女は言い、私はそれを承諾しました」
 と黒い男は言った。
 「な、なんてことだ……」
 若者は震える。
 「そんなつもりは無かったのに……。取り返しのつかない事をしてしまった……」
 青ざめている若者をよそに、黒い男は血のついたナイフを取り出した。
 「代金を払いますか?」
 「ああ。丁度嫌になっていたところだ……」
 若者はナイフを自分に突き刺す。く、と短く息を吐き床に倒れ、事切れた。



 若者が死ぬのを確認すると、黒い男は黒を脱ぎ去り少女になった。
 「……ばか」
 少女は、若者の胸に刺さったナイフが『優しさ』に変わったのを見て涙を流し、フェードアウトした。

 血は何ヶ所か薄まった。
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