“書く書く詐欺”の男

私が「小説を書いている」と言った時、
「僕も小説家を目指してるんだ」と答えた君、本当にありがとう!

喜んで身を乗り出して「どんなの書いてるの?」と聞いた私に
「まだ何も書いてないけど」と答えてくれて、本当にありがとう!

私はこんなに豊かな感情の起伏を味わったのは、本当に久しぶりだったんだ!

「書いてなくても構想はあるの?」と聞いたら
「何も考えてない」と言ってくれたね。
その時の、胃にブラックホールが空いたような気持ち!

生まれてこのかた一度も書いたことなくて、でも小説家になりたくて。
「一体どんなの書きたいの」って聞いたら
「あんまり大衆迎合的なのは書きたくないね。
昔のいわゆる純文学みたいなのがいいね」
と答えてくれたね。

大衆迎合! 

君は東大生だから、ただださえ皮肉に聞こえがちなその言葉、
恐れず使ってくれたのは、私も東大生なことを君も知ってるから?
はじめてそんな言葉を臆面も無く使う人が目の前に現れて、
記念写真を撮りたくなったんだよ。

「一番好きな作家は?」と聞いたら
「三島由紀夫」と言ってたね。
「三島由紀夫みたいなのを書きたい」って。

一文字を書いたこともない君が怯まずそう言える純粋さに、
私は新鮮な嫉妬を覚えた。しかも30歳でそれだなんて。

で、こうも言ったね。

「今の世の中で、三島由紀夫みたいな純文学を書いても、
部数的には売れないかもしれない。
でも大衆に受け入れられなくとも、
自分で認められるものを書ければそれでいい。
そもそも何がいいと思うかは人によって違うし、
芸術はそういうものだからね」

そうだね。賞に投稿して何次までいったとか落ちたとかで
やんややんや騒ぐ私と違って、肝が据わってて素敵な態度だと思う。

私が意地悪して私が
「文藝二次に通った」
って言っても、実際君は全然動じなかったもんね。
そこでいきなり弱気になったものなら、
見損なってたところだよ。


「三島由紀夫みたいな純文学なんて相当な技術が無いと出来ないし、たとえ出来たとしても三島由紀夫の劣化コピーとしかとらえられなくて、そんなものは三島由紀夫を読めばいいのであって何の価値も無い.当然賞もとれない」

と罵る必要も無かった。

だって君は他人の価値基準に重きを置いてないんだから。
自分で、三島由紀夫にそっくりだと思えるものが書けていると思い込めれば、
それが君の幸せなのだから。

ああ君の花園。踏みにじりたくなったのはただの私の嫉妬。



「試しに何か書いて見ればいいと思う」

そう口走ってしまった私を、

「文章が一番、芸術の中で敷居が低いと思う。
音楽とか美術みたいに、訓練が要らないで誰でも書けるから」

といなしてくれた君、本当にありがとう。

何年も執筆を続けている私の前で堂々と
「大事なのはいくら書いたかじゃない」と言ってくれたのだから。

いや、いくら書いたかどころか、
書くか書かないかでさえ、どうでもいいのかもしれないね。
君にとっては。


私にとってはものすごく大事だけど。



ねえ、ところでさあ、本当に感情が高ぶると、胸ってむかむかしてくるものなんだねえ。何かの比喩かと思ったんだけど、本当に、悪いものを食べた時と同じ、胸ってむかむかするんだねえ。

それから、コップの水をぶっかけたくなるんだね。そんなドラマでしか観ない行為、自分がしたくなるなんて思いも寄らなかったよ。



あああ、君の幸せに嫉妬してごめん!!!

君の幸せが、私の執筆生活の苦労を踏みにじるなんてことは無いのに!! 君と私はなんの関係も無いのに!! 土曜日は寝て日曜日は2chのまとめサイトを見て過ごす君と、本を読み小説を書く私は、何の関係も無いのに!!!



でも私、お陰で、いい小説書けそうだよ。
この一年で間違い無く一番、魂を揺さぶられる出来事だった。
ありがとう。







いつか私がデビューしたら、
「大衆に迎合している」と言って息の根を止めに来て下さい。
©Daichi Ishii Office, LLC.