1・僕の冒険のはじまり

 寝ている僕の髪を、誰かが引っ張っている。僕は布団の中でもぞもぞと動き、うす目をあけた。

 うん、僕の知っている天井だ。

 で、髪ひっぱったの誰……?

「えっ!? ふえぇぇ!?」

 僕は布団をふっ飛ばして飛び起きると、体を起こして正座。そして、前のめりになって目を皿のように開いてそいつを見た。そいつはにこっとすると、甲高い声で言ったんだ。

「こんにちはぁ」

 日本語しゃべれるんだ……てか、声帯とかどうなっているんだろう?

 実際の時間にしたら、さほど時間は経ってなかったと思うんだけど、僕はそんなことを考えてしまった。


 緑色のそいつは頭の上からとび出た大きな目をクリクリさせながら、再度僕に声をかけてきた。

「こんにちはぁ? 寝てた? いや起きましたかぁ?」

 顔を寄せてきたそいつの顔の真ん中には、鼻の穴らしきくぼみが二つある。

 そりゃ自分の部屋のベッドの上にいたんだから寝てるでしょうよ。

「えーっと? 誰?」

「ん?」

 そいつは僕の問いかけに一言声を出してから、ぴょんと天井に向かって飛び跳ね、天井に逆さにへばりついた。

 なにこの妖怪。

「今、妖怪じみてると思いませんでしたかぁ? 失礼しちゃいますよぉ、あんな人達と一緒にしないでくださいねぇ」

 あんな人達って、妖怪の分類って人なの?

 ん? ところで、僕の考えていることがなんでわかった?

「あなたの考えそうなことなんて、大体想像つきますよぉ、すごぉく単純そうですからねぇ」

 そう言うと、そいつは天井から僕の目の前にストンと降りてきて、大きな目玉をせわしなく動かしながら、僕のほうへ顔を近づけた。

 青臭い匂いが顔にかかる。離れてくれぃ! 僕は心の中で叫びながら、そいつが何かを把握した。


 こいつはカエルだ。

 けれど、僕の知っているカエルとはサイズが全然ちがうよ、でかすぎる!

 ていうかね、僕の知っているカエルは人の髪の毛を引っ張ったり、こんにちはぁと挨拶したりは絶対しない。

 カエルは驚いている僕から目をそらして、勉強机のほうへぴょんと飛び、机の上にのってから僕の方へ振り返った。

 水かきのついた両方の後ろ脚が机からはみ出し、大きなお腹は机の上にドカンと乗っている。

 そして、カエルは前足の人差し指をぴんと伸ばして、僕を指さした。

「見ぃつけた!」

 その指先は、人間でいうところの第一関節から先の指先が大きな飴玉のようにまん丸だった。

 窓の外から入った光が、それにあたって、なんだか七色に輝く飴玉を指先にくっつけているようだ。


「何、わたしの指に見とれてるんですかぁ? この世界の飴とかいうのに似てると思ったんじゃないんですかぁ?

 言っておきますけど、食べても美味しくありませんからねぇ」

 それから、カエルは僕に向かって片手をあげ、

「じゃ! また来ますからねぇ」

 とか言ってから、フッとニヒルな感じで笑い、ピョンっと飛んで窓の外へ飛び出した。

 そして、屋根伝いにピョンピョンと跳ねていき、その姿が遠くの屋根の向こうへ消えていった。

 残された僕は、その緑色の影を呆然と目で追うことしか出来なかった。

「なんだ、あれ? ん? 夢だった?」

 呟くと、いつもと様子の変わらない部屋を見渡し。

「うん、夢だね」

 僕は、そう自分を納得させた。


 僕が寝起きで、しばし呆けていると、突然ドアノブが音を立てて回され、弟のたけるがドアの影から顔を覗かせた。

「おにぃちゃん! 起きてる?」

「あ? うん、起きてるぞ」

 有り余る元気オーラを部屋中にまき散らしながら、たけるは部屋に飛び込んでくると、僕のベッドの上に飛び乗り、ベッドに正座している僕の前に向かい合って、ちょこんと正座。

「もうすぐ晩御飯だよ? 早く降りてきなさいって、お母さんが」

「あぁ、わかった。 すぐ行くから、先に行ってなー」

 たけるにそう声をかけて、僕はたけるが部屋から出るのを目で追いながら、正座を崩してベッドから降りると、さっきカエルが飛び出していった窓を閉めた。

 窓を閉める時、外からの風が一段と強くなり、ヒュゥッと音を立てた。


 しっかし変な夢だったなぁ。

 僕は寝ているうちに凝り固まっていた首を、左右に倒してほぐしながら階段を降りると、キッチンへ続くドアを開けた。

「おっそい!」

 キッチンに置かれた四人がけのテーブルに、たけるとお母さんが隣同士で座っている。

 僕は、たけると向かい合わせた席についた。

「お父さんは? って、まだ帰ってないよね」

 おいしそうな晩御飯の匂いを胸いっぱいに吸い込むと、僕のお腹がグウゥとなった。

 僕のお父さんは、2交代制の仕事をしているそう。

 今日は昼からそのまま夜勤で務めて朝、僕たちが登校する頃帰ってくる予定だって。

 僕が生まれた時からずうっとそうだったけれど、二日に一回はこうやって母親しかいない無用心な夜を過ごしていることになる。

 でもまぁ、恐ろしい目にはあったりしたことはないので、特に用心するわけでもなく別段普段どおり。

 そして、今日の晩ご飯は僕の大好物の、鳥肉の唐揚げだった。

 昔からお母さんは唐揚げを作るのが得意で、昨日、「鳥肉に味を染み込ませるのよっ」と、言いながらにんにくと生姜の独特のタレの香りを家中に漂わせていたから予想はついたけどね!

「今日は学校はどんな感じだったの?」

 ご飯をお茶碗によそいながら、お母さんが僕に訪ねてくる。

「ん? 特に何もないよ? いつもどおり」

 そう、学校に行って、授業と給食を終えて、家に帰ってきただけ。

 ……変わったことと言えば、夕方変な時間に寝てしまって、おかしな夢を見たってことぐらかな。

 そんなことを思いながら、僕は一番大きな唐揚げを素早く取って自分の取り皿に置いた。

 それを見て、たけるが大声を上げて僕に文句を言ってきた。

「あっ! それ! 一番大きいやつ! 僕が狙ってたのに!」

「へへーん、早いもの勝ち~。」

 僕はそう言うと大口を開けて唐揚げにかぶりついた。

「うん、美味しい、もぐもぐ。」

 たけるの恨めしそうな顔を見ながらニヤニヤしていた僕だが、彼の背後にある部屋の入口にふと目をやってぎょっとした。

 たけるの背からおおよそ1メートルほど離れたキッチンの入口から、大きな目玉がギョロッとこっちを覗いていたのだ。

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