僕が太ってハゲたら殺してくれ

「殺人ゲームをすると暴力的になる」
「美少女ゲームやると二次元しか愛せなくなる」
「マンガは駄目、やっぱり読書しないと」
「ネット上の友達なんか本当の友達なんて言えない。ちゃんと会って話さないと友達とは言えない」


こういうことを言う人のことはもうそれだけで崖から突き落としたくなるくらい嫌いなんだけど(書いてるだけでムカついてきた)、将来自分がこういうことを言うことになる可能性も皆無ではない、という恐怖がまるでどんなに早く駆けてもつきまとってくる自分の影のように、私を常に脅かしているのである。

というのも、これらは全部「新メディアへの無根拠な非難」であって、(だいたい)新メディアってだけで疑いの目を寄せる「年寄り」というものが言うことが多く、私は絶対に「年寄り」になるからである。

ゲームも、マンガも、ネット上の交友関係も、彼らが若者の頃は(あまり)普及していなかったものだから、多分存在自体がいかがわしいんだろう。


もしかしたら私だって、将来、
「○☆△※(新メディアの名前)なんてやると暴力的で性倒錯的でどうしようもない人間になる! 脳が溶ける!」
とか言いながら「○☆△※脳の恐怖」とかいう本を嬉々として手にとる嫌な老人になるかもしれないのだ。


ギャー!! そんなのは嫌だ!! 死ぬより嫌だ。

そんな老人になるくらいなら死んだ方がましだ!!!!


そんなことなら、ただ単に
「なんとなく、自分が知らなくて最近若者の間で流行ってる○☆△※ってやつ、自分はついていけないし、でも若者が楽しそうにやってるからムカつく! 私に理解できるものが流行れよ! 私を中心に世界よ回れ! キー!」
とか言ってる老人になりたい。その方が五億倍チャーミングである。

どうやったら、「新メディアへの無根拠な批判老人」にならずに済むんだろう。
このブログを印刷して未来永劫冷蔵庫に貼っておけばいいのか。
いや多分だめだ、朽ちる。


身体に刺青すればいいんだろうか。そしたら死ぬまで消えないし。「メメントモリ」みたく。
そう、「死」と「新メディアへの無根拠な批判老人」への恐怖は私の中でほぼ同等の威力を持つのである。しかし文字数が多すぎる。

うーん、タイムカプセルでも埋めるか? 自分への手紙を入れて。手紙っつうか、警告書だけど。


しかし!!
これらの対策を脅かす最大の脅威があって、いくら若者の私が周到に用意してもそれが一瞬で無効化される恐れがあるのだ。

それが、「若いねえ」の一言である。
つまり、実際に年寄りになった時に
「若いねえ。こんなこと思ってたんだねえ。昔は若者らしい潔癖な考えを持ってたけど、年をとると、いろんな考えに寛容になれるもんだよ。自分が弱るからから、他人の弱さも分かるのかねえ」
とかわけわからんこと言って(まじわけわかんない)、冷蔵庫のプリントもタイムカプセルの警告書も、刺青すら無視する可能性がある!!!

ぎゃー!! どうしよう!!! 

もうバトルロワイヤルみたいに、今日からさっそく、「新メディアへの無根拠な非難をしたら爆発する首輪」をつけて生活するしかない。

私の好きな「オワリカラ」というバンドの「swing」という歌の歌詞に「僕が太ってハゲたら殺してくれ」というのがあるんだが、それと一緒。

私が新メディアへの無根拠な非難をする老人になったら殺してくれ!!!


ど、どうしよう、明日首輪爆破したら。びくびく。






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ほんとはもう2つ恐怖があって。「交通法規を無視するのにまったく悪びれず『年寄りなんだから仕方無い』と開き直る老人」と、「『今時の若者は』という老人」です。首輪三連かな。
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