昔Twitterである人が、
「スカートめくりカレンダー」というものに言及していて、
それは女子高生のスカートに日付が書いてあって毎月めくる、
というものだったんだけど、

「女子高生は未成年です。性の対象として見ていいもんじゃない。
こんなもん壁に貼るなんてだめ」

みたいなことを言っていた。

それを見た私は

「確かに未成年との性行為は違法? 条例違反? かもしれないけど、
殺人カレンダー(?)とか未成年がタバコすぱすぱ吸うカレンダー(?)
とかあっても
この人は突っ込まないんだろうなあ。
だとしたら違法行為をモチーフにしたカレンダーはアウトとは言えないよなあ。
ただ単に不愉快だからやだってんならそう言えばいいけど、
個人的には芸術のレンジは極力幅広くとっておきたいから
あまり狭めること言わないで欲しいなあ
(別に私はカレンダー職人になる予定は無いし、
カレンダーが芸術かどうかは微妙だけど)」

とぼんやり思ったのだが、
140字以内で上手く言えないので黙っていた。


そしたらその後、その人のTwitterを追っていたら、
女子中学生時代に通学時間中毎日のように(!)痴漢に遭っていたり、
就職活動中も女子というだけで胸糞悪くなるような不当な扱いを
受けていたりしたらしく、
全て腑に落ちた。

いや、全て腑に落ちたっていうのも失礼な言い方かもしれないけど、
「この人はこの人が言うべきことを言ってるんだなあ」
と思ったのである。


同じく女の私は、
高校・大学と毎日ラッシュの電車で通学していたにも関わらず
一度も痴漢に遭ったことが無いし、
就職活動も女だからではなく自分のせいで落ちた(と思ってる)し、
今勤めてるところも全く性によって不当な扱いを受けない。
むしろ女が強い。


傷を受けたから傷にかまけて何でも言って良いわけではないけれど、
間違いなく傷はアイデンティティである。
その傷が喋る言葉は最強なんだ。


でも同時に、傷に支配されまくってる人を見るとちょっと「うっ」ってなる。


例えば、

「大事な一人娘を、飲酒運転のトラックに轢かれて失った母が、
飲酒運転撲滅運動に身を捧げている」

という話を聞くと「うっ」ってなる。

なんか、そんな偶然、しかも負の偶然に人生の全てを持ってかれなくても……
普通に楽しく生きろよ……と思ってしまう。


あと、逆に正の偶然。
例えば

「小さい頃難病を患っていたけど素晴らしいお医者さんに出会い治してもらった。
その人に憧れて自分も医者を目指す」

みたいな話も、結構「うっ」てくる。


まあ正だろうが負だろうが、
「偶然の出来事にアイデンティティを寄せてんじゃねーよ!!
どんだけアイデンティティ弱いんだよ!!」
と思ってしまう。

それは私の自意識の強さゆえなんだろうか。

とりあえず私は誰が交通事故で死のうと
交通事故撲滅運動に絶対身を捧げない自信がある。


なんにせよ、傷はアイデンティティ。傷は武器。傷から吐かれる言葉は最強。


でも、同時に、「無傷」なことも最強なのである。


この、大怪我も大病もしたことない性差別も人種差別も学歴差別も受けたことない貧困や親の虐待を受けたこともない家族も友人も全然死なない、無傷な私にしか言えないことがあって、それを安心して言ってりゃ私は最強なのである。


「あんたたちはすぐ『女は損』とか『男は無自覚に傷つけてシレッとしてる奴が多すぎる』とかピーピー言ってるけど、女だって得なこといっぱいあるじゃん?」

「つうか新時代のバリキャリ目指しつつ、古き良き専業主婦コースも予備で残しとけるなんて女の方が都合いいっしょ。男の人って専業主夫になるにしても世間体とかまだ悪くて可哀想」

とか言っとくのが、私の役目なのである。


いや、この二つのセリフは例文でしかなく、本当にこう思ってるわけじゃない。

本当はどーーーでもいいと思ってる。

女とか男とかどーーーーーでもよくて、
ただ私が都合良く生きられれば私の勝ち、って思ってる。




どうだ! 自由だろ!!!






無論これから超ビッグな傷を負う可能性もある(北朝鮮に拉致られる等)けど、
多分無傷な星の下で生まれて死ぬのが私の宿命なんだろうと半分くらい思ってる






ハッもしかして、自意識のバリアが堅過ぎるせいで、
あらゆるアクシデントを無効化してるのかも……!


「○○との出会いで人生が180度変わりました!」

とか言ってる自分、想像出来ない!!
自分が好き過ぎて○○が見えない!!!
○○に流されるのが悔しくて見なかったことにする可能性が高い!!!!!






「自意識という名の病」、これが、私の傷なのかもしれない。


~fin~
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