初恋について

ぬかるんだグラウンド。


僕は中学校を卒業した。昔の話だ。


いろいろなことがあった。わがままな自分がいた。




好きな人に告白した話をしよう。




僕には好きな人がいた。初めて人を好きになることを学んだ。だから彼女は僕の師だ。何と呼ぼうと自由だろう。僕は彼女を師と呼ぼう。


彼女は優しい香りがした。決して世界で一番いい香りというわけではなかった。僕はその香りをおばあちゃんの匂いと言った。


「○○さんっておばあちゃんの匂いがするね」


「え? なに?」


彼女は表情を曇らせる。


「おばあちゃんの匂いはね、優しくていい匂いなんだよ」


「うぉー。褒め言葉じゃん」


そう言って彼女は手を叩いた。


僕はそういう仕草が好きだった。


ただ、求めていた。


そのためにいろいろ考えて、行動した。


彼女のかわいい仕草が僕に向けられることのために、様々なことを試してみた。


結局、僕はわがままだった。


僕は人を愛したけれど、愛し方は決して百点ではなかった。


懺悔と後悔。そして贖罪。


誰に対する贖罪か。


僕は彼女に許しを請いたい。


人によっては、愛したことを後悔するなんて間違っている、というかもしれない。


ただ僕は彼女を愛したことを後悔しているのではない。彼女は僕の師だ。いろいろな事を学んだ。それは一生の宝物だ。僕の大事な要素だ。


でももっと、上手に愛したかった。




僕は彼女に関する本を書いた。




それを彼女に読んでもらおうと思った。


でも読んでもらうことはしなかった。


代わりに、僕の友達と、彼女の友達と、僕と彼女の友達に読んでもらった。その時、その本が彼女に関するものだとは言わなかった。そこを隠す文章のテクニックは持ち合わせていた。


彼らは面白いと言ってくれた。


それだけでも嬉しかった。


もし彼女に読んでもらっていたら、気づいてもらえたと思う。そういう想いの伝え方もありだったかもしれない。


でも、僕はやめた。


小説というのは不思議で、本当に読んでもらいたい人に読んでもらうのには躊躇ってしまう。


「この本を君のために書いた。読んでほしい」


この一言が言えない。


どうしてだろうね。怖いのかもしれない。面白くない、とか、君のそういうところ重いよ、とか言われる事ばかり想像してしまう。


僕はやっぱりわがままだ。自分が言ってほしいことだけ言ってもらおうとする。だから普通に評価される事を恐れるんだ。




僕は彼女に本をプレゼントした。




自分で書いた本ではない。彼女が好きな作家のエッセイをあげた。しかも2冊セット。


凝った包装もした。人生最高傑作だった。


まず、僕は木箱から作った。


本の大きさを計算して、蝶番を付ける位置からなにから全てオリジナルの木箱だ。そう。僕は蝶番まで作ったのだ。そして(今思うと笑えてならないが)木箱の蓋の部分に、「I LOVE YOU」の文字を施して、自分で描いたバラの鉛筆画を貼っつけた(僕は絵が得意な方だった)。

箱を作っている時間、バラの絵を描いている時間、僕は楽しかった。

彼女がそれをもらって喜ぶ姿を想像していた。

なにかを作って手渡す。それは人間が本来行うはずの素晴らしい営為である。と、僕は言い訳する。

僕は自信作の木箱を布袋に入れて、ある日の放課後に彼女に手渡した。


場所は階段を降りたところにある大部屋。


誰もいない算段だったけれど、運悪く陸上部が廊下で練習していた。


僕は予定通りにやることしか頭になかった。


そういうところで引き返す要領の良さもまた、僕に足りないところだったのだろう。


彼女を連れて廊下を渡り、階段を降りて大部屋に入り、窓を閉めて2人の空間を作る。


その間彼女は何を考えていただろうか。


どう言ったら僕が傷つかないで自分を諦めてくれるかを考えていたんだろう。


彼女は優しいから、僕が独りよがりに作ったどっしりした木箱を見て悲しく思ったかもしれない。


申し訳なく思う。気を遣わせていたんだ。


僕が「好きです」と言った時も、彼女は「本当にごめんね」と言った。そして彼女の気持ちを想像することもないまま、僕は自分のことしか考えずに、「悲しい」と言った(言わなかったかもしれない)。


ただ、「君がかわいい」とは言った。


これが唯一の成功だと思う。


真実でなおかつ誰も傷つかない。


ただそれだけで良かったのに、僕は愛されたいあまり、彼女に余計な憂いをさせていた。


その贖罪を受けたい。


ポルノグラフィティの「アゲハ蝶」を聴いた。


『あなたに会えたそれだけで良かった

世界に光が満ちた

夢で会えるだけで良かったのに

愛されたいと願ってしまった

世界が表情を変えた

世の果てでは空と海が交じる』


当時はやけにこの歌に救われた。

友達にも救われた。みんないい人だった(今もいい人たちだ)。


ただひとり救われなかったのは彼女。

僕の身勝手な恋心をうまくいなしてくれただろうか。


僕はあの子が好きだったんだ。


それだけ心に留めておけば良かった。




彼女には感謝している。なんたって師だ。


失恋というより人生勉強。そういう話。

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